僕は音楽が好きで自分で楽器も演奏するし、今は数が減ってしまったCDショップにも定期的に出かけていろいろ試聴しては気に入ったものを買ってくるタイプだ。
 CD販売店のPOPをよく読んで参考にすることも多いし、「店員レコメンド」もついつい買ってしまう。やはり店頭には偶然の出会いがあると同時に例えばタワーレコードのオススメには信頼性もありそれを求める気持ちから思わず足を運んでしまう。
 キュレーターという言葉が流行っている。情報の洪水の中から適切な情報を拾ってまとめて届けてくれる人の事らしい。この言葉にあまりピンと来ていないがそれが必要なことはよくわかる。
 少年の頃ビートルズが好きになり、お小遣いをもらう度に一枚ずつ、お年玉とかで臨時収入があると一気に何枚も買い、擦り切れるのがもったいなくて一番最初に針を落としたときにテープに録音し、テープで繰り返し聞いていた。その頃、ビートルズのライナーノーツに必ず名前が載っている立川直樹さんという人がいた。
 自分の大好きなビートルズのライナーノーツをこんなにたくさん書いているのだからスゴイ人に違いないと思っていたその立川直樹さんと社会人になってから仕事をするようになった。
 立川さんは音楽から映画からとても造詣が深く、その時々立川さんが話題にすることに影響されて映画を観たり本を読んだりすることも多く、僕の先生のような存在になっている。
 今日たまたま車の中でラジオを聞いていたら小林克也さんの番組が流れていた。昨年グラミー賞を獲ったMumford & Sonsの曲をかけ、「彼らのイギリスなまりの英語がアメリカで受け・・」と話しているのを聞いて彼らイギリスのバンドであることを初めて知り、イギリスのバンドなのに曲にカントリーテイストが入っている音楽的仕掛けに気づかされた。
 エイベックス創業者である松浦勝人社長はレンタルレコード屋でバイトをしている時、推薦コメントを各名人だったという。自分が好きなレコードを仕入れたいがために、ほかのレンタルレコード屋に無いようなダンスミュージックのレコードにコメントを書く。するとそのレコードがよくレンタルされるようになり、松浦社長が好きなレコードをまた仕入れられるという繰り返し。結果としてそのレンタルレコード屋はダンスミュージックのレコードのマニアックな品揃えで有名になったそうな。
 単なる広告より、自分が信頼できる人のオススメを信じて買う。このことはいつの時代も変わらないと思うのだけれど、最近いい音楽、いいエンターテインメントを教えてくれる人がいなくなったような気がする。
 
 音楽評論家という人たちはいるがその顔ぶれがあまり変わっていないし、今こそ若くて新しい評論家に日本にはまだ紹介されていないいい音楽をおススメしてほしい。
 ネット上の音楽系サイトを彷徨ったりすることもあるけれど、まだこの人!って決められるほどの人には出会っていない。
 僕は仕事がら音楽に接することが多いが、情報が多すぎて誰かが選んで届けてくれたらな、と思うことも多い。情報過多なこの時代、適切な情報を選んでユーザーに届ける仕事が重要になってくるような気がするのだが。
 佐々木俊尚さんの本のタイトル通り「キュレーターの時代」なのかも。
 僕が求めているのはもう少し近い関係の「先生」のような人なんだよな。
 憲法についていろいろ議論が盛り上がっている。
 テレビのワイドショーで96条や9条について解説があったり。
 これはこれでいいことなのではないかと思っている。今まで憲法についてあまり真剣に考えた事などほとんどの人が無いと思うし、改憲について賛成なのか反対なのか意志も形成されていない人がほとんどだと思うからだ。
 僕も割と戦後の左翼的な教育を受けて今に至るので、改憲論議や再軍備の話にはちょっと抵抗を感じるところもある。
 僕自身も改憲に対する態度はまだ決まっていない。

 ただ、この議論の中で度々言われる「そもそも今の日本国憲法はアメリカに押し付けられた憲法だから」という意見についてはいささか疑問を感じる。
 日本は敗戦国でアメリカという国の占領下におかれ、そこから民主主義の番人を自負するアメリカが民主主義国家として再構築された国。「民主主義国家として再建」という大義の裏には当然アメリカにとって都合のいい部分もあるだろう事は想像に難く無い。その一方で戦後67年、この日本国憲法はそれなりに機能してきた。
 それを戦争の記憶が薄くなって行く今、「そもそも・・・」と議論を蒸し返し、「日本人が作る自主憲法を」と主張するのはいたずらに感情論に議論を引き込もうとしているように見える。
 時代と合わなくなった部分は変えれば良い。良いところは残せば良い。それを冷静な態度で粛々と進めて行けば良いのではないだろうか。
 感情論に持ち込もうとしている人たちには議論を拙速に進めたい意図があるように思える。こうした勢力にこそ胡散臭さを僕は感じるのだ。

 若手経営者で構成されている日本青年会議所が全国の会員約2300人に行ったアンケートで、86・4%が「現行憲法に対して問題を感じる」と回答、憲法改正手続きについて定めた第96条については58・6%が「厳しいので緩和すべきだ」と答えたという。(5月3日産経ニュースより)
 このアンケートによれば、自衛隊を「国防軍」とする是非にも58・4%が「賛成」、衆参両院の総議員3分の2の賛成の後、国民投票の過半数の賛成で憲法改正となる改正要件についても「厳しいので緩和すべきだ」が58・6%だった。これも大体僕自身の実感とほぼ同じである。
 そしてさらに、現行憲法に問題があると答えた約2千人に複数回答で具体的な欠陥はどこかをたずねたところ、1373人が「諸外国からの武力行使、領土・領海侵犯に対応するために9条を改正」、1194人が「自然災害、テロ攻撃に備えて国家非常事態対処条項を追加」すべきだとそれぞれ答えたそうだ。
 若手経営者たちの意見はとても明快だなあ。
 「諸外国からの武力行使、領土・領海侵犯に対応するために9条を改正」
 これがほとんどの国民にとって重要なことなのだと思うし、9条の「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」の3つの規範的要素のうち、「戦力の不保持」と自衛隊の存在の矛盾を修正し、「交戦権」という曖昧な文言をきちんと再規定すればまずはいいのではないだろうか。

 それよりも何か物事が動く時、必ずその流れで利する事を狙う人たちがいる。そのことを認識して注意を払って行きたいと思う。
 腰が痛い。
 これで1週間になる。ジムで腹筋していて腰の筋肉を伸ばし過ぎたようだ。
 若い時は鍛えれば鍛えるほど強くなり、さぼればそれが如実に表れてくる。そんな感覚だったが、今は鍛えて向上していく歓びより、鍛えずにいて衰えて行く恐怖を感じる。
 中年の筋肉はほっておくと減少して行くらしい。知識としては知っていたが最近、そのことを実感するようになって来た。
 ジムにだいたい週2回通っているが、その頻度だとトレーニングの負荷を増やす事が難しくなって来た。3回通わないと増えないのだ。週1回くらいのトレーニングでは衰えて前に上がったウェイトが上がらない事もある。
 かといって回数を稼ぐために3日連続でジムに行くと筋肉を痛めたりする。
 もう無理の利かない年齢になってきていることを実感している。

 同世代の友達と集まると話す話の2大ジャンルは「身体が衰えて行く話」と「身体を鍛える話」。
 「最近近くのものが見えない」「プリン体の値が高くて通風になりそうだ」「あまり飲めなくなった」「すぐに酔う」「中折れする(男性だけね)」その一方で「トライアスロンを始めた」「マラソンのタイムがよくなった」「格闘技をはじめた」などなど。
 人間ってやっぱりすごい。衰えて行くことを感じる一方で、無意識にそれを何とかしようと思い立つみたいだ。
 かつて一緒に仕事をしたアーティスト、スネイルランプの竹村哲(あきら)さんは今41歳だがバンドをやりながらキックボクサーとしてもプロデビュー、現在もウェルター級1位!先日もチャンピオンに挑戦して惜しくも敗戦、っていうかなんという精神力と肉体力だろうか!
 キックボクサーとしてもかなりの年齢の竹村さんは未だ現役。まるで限界に挑戦し続けてグイグイそのエッジを拡げているかのようだ。
 そんな竹村さんと昨日番組の公開収録でお会いした。
 そして、その明るく元気なバイタリティにハッとした。よく言われる事だけれど、実は鍛えているのは肉体では無くて精神なのではないか、と。
 年齢と闘い肉体を鍛える竹村さんも昨年は怪我をしたり腰を痛めたりとそれなりの不具合が身体に出て来ているとの事。別に鍛えたからといって永遠の肉体が手に入るわけではない。
 でも、肉体を鍛えることで活力、元気のようなものが獲得できて、人生を終えるまでバイタリティ豊かに生きられればそれが理想だな、と思わされた日だった。
 僕も負けずに頑張ろうっと。