今年もあと2時間で終わります。
 一度総括しておこうと思います。
 今年は11月に制作会社に出向しました。
 ドラマの半沢直樹では「出向」は地獄への片道切符のように扱われているので人に話すと気の毒がられます。でも、自分的にはかなり自由になったと感じています。
 会社からの評価はともかく自分にとってはとても新しく新鮮です。
 仕事的には決して大きい成果は残せませんでした。
 今振り返ってもあまり人に自慢出来る話はありません。
 でもなぜか講師業というか先生業になぜか需要があり、丸の内朝大学で先生を2クールやりました。来年の春からの講座も決まっているようです。
 それ以外にもEラーニングの講座の先生もやり、映像収録したり、ワークショップをやったりしました。
 番組としてはニュース情報番組のプロデューサーとしての仕事が大部分を占め、よく本も読みましたし、人とも会いました。ただプロデューサーなんで直接番組を作れなかったことが今ひとつ達成感がありませんでした。でも、辛坊治郎さんとの番組を10月から復活させられたことは喜ばしいことでした。
 オールナイトニッポンでは宇野常寛さんとの仕事が印象的でしょうか。全く新しいタイプのパーソナリティであると感じています。
 今年繰り返し言っていたことですが、メディアミックスの時代からコンテンツニュートラルの時代へ移りつつあると思います。いや、もう移行は済んでいるのかもしれません。
 メディアのパワーの相対的な低下の原因は無限に広がり続ける地べたのせいで24時間しかない限界産業の放送が圧迫されていることなのです。
 僕はコンテンツプロデューサーと自分で名乗っているのですから、やはりコンテンツを作ることでしか自分の主張ができないのです。
 面白いものをつくる現役であることでなんぼです。
 それから今年48歳になったことも大きいです。干支のヘビが次に巡ってくるときには僕は還暦です。それまでの12年間をどうやって過ごすべきかよくよく考えた一年でもあったでしょう。
 その答えのひとつは「人を育てよ」というメッセージでした。
 「国家」という今年観劇した舞台の中の台詞ですが、この言葉は僕の心を深くえぐりました。
 僕は大した成果も残していませんが、こんな僕でも世の中の役割としてはそろそろ自分の後輩たちのために何かしなければいけない時期に来たのだと思っています。
 来年のことを言うと鬼が笑いますが、あと1時間40分で2014年になります。
 今日のニュースで大瀧詠一さんの訃報が入ってきました。
 人間の人生は急に終了します。
 先日元ソニーミュージックの丸山茂雄さんの「往生際」という自伝的な本を読んだときにも感じました。末期がんになった丸山さんの覚悟について読み、考えました。
 誰でもがんになる。そのことを受け入れること。誰もが必ず死ぬ。必死。必ず死ぬということを自覚することで必死さが生まれるのでしょう。
 必死になることを改めて思う大晦日です。
 誕生日は人に何かを返す日にしようと思ってことし誕生日パーティーを自分で開催し、仲の良い友人を招待しました。これは還暦の60歳まであと12回やるつもりです。
 そう、悔いの無い人生を送ること。あと何回桜が咲くのを見ることができるのだろう。
 だから今日、今、この瞬間に人生が突然終わっても後悔の無い今日一日を送ること。
 それが僕の2014年の目標であり、2013年という日々からもう一度教わったことです。
 コンテンツプロデューサーとして誰かを笑顔にする仕事もしたいし、そういうコンテンツの送り手、笑顔の作り手を育てて行きたい。それが僕のこれからやりたいことでもあります。
 今年一年お世話になった全ての人に感謝を申し上げます。そして来年も引き続き頑張ります。
 変化し続けるからこそ変わらぬ関係でいられる大切な友人たちと更に新しい仕事をして行きたいと思います。本当にありがとうございました。そして2014年もよろしくお願いします。
 おととい突然プリンターが壊れた。
 言うまでもなく年賀状のシーズンである。幸い年賀状は刷り終わったところだったので出すことは出来た。でも考えてみれば1月1日にいただく年賀状の中にはきっと自分が出していない人からのものもあるはず。その返事を出すことが出来ない。
 今使っているプリンターは3年前くらいに買ったものだ。規格を調べると2009年のものであることがわかった。これでプリンターは4台目である。だいたい3年に一度壊れる印象だ。
 今使っているプリンターも年賀状を作成しているときに前のものが壊れてあわてて家電量販店に買いに行った記憶がある。
 我が家で一年のあいだに一番プリンターが必要になるのはこの年賀状シーズン。年賀状を大量に印刷するからこそプリンターに負担がかかりだからこそ壊れるのかも知れない。
 でも、年末は忙しい。こんなときにプリンターが壊れると、何を買えばいいか調べる→店頭に確認していく→場合によってはもう一度ネットで安いものを探して購入する、といういつもの段取りを踏むことが困難になる。
 ネットで買うにしても最速で届くのは翌日だ。在宅して受け取ることはなかなか困難である。
 まず、僕がしたことはネットでプリンターの修理の方法を調べることだった。
 なにしろ修理することが自分で出来るのならそれが一番いい。ネットで使っている機種のトラブルについて調べるとどうやる僕が見舞われているトラブルはかなりメジャーな現象であることがわかった。対処法としてはプリンターヘッドを洗浄する方法が一般的であるようだ。
 ネットで見たいくつかの方法を自分なりに解釈して熱いお湯でプリンターヘッドをジャブジャブ洗う。インクが目詰まりを起こしていることがトラブルの原因であるという考え方だ。
 ヘッドを洗ってゆっくり乾かし、もう一回プリンターヘッドを装着、電源スイッチを入れる。
 こうして復活した、という書き込みがたくさんあったので期待して待つ・・・出てきたのは同じエラーメッセージだった。がっかり。だめか。あまり考えている時間はない。僕自身暇ではない年末。切り替えて量販店にプリンターを探しに行く。僕が電化製品を購入するときは必ず店頭で一度店員の説明を聞くことにしている。そのほうがいくつもある機種の特徴がはっきりわかるからだ。
 その話を聞いた上でもう一度ネットで検索し、さらなる情報をインプットした上で判断をするのだ。でも時間がない。今回は量販店に入り説明を一通り聞き、6600円で必要最小限の機能がついているものを購入した。
 
 買いに行くときにプリンターについてあれこれ考えた。そもそもプリンターについて疑問に思うのだが、プリンターで写真を印刷する人ってどれくらいいるのだろうか?僕は今まで一度も無い。
 ということは写真がいかにきれいに印刷できるかはポイントではない。写真がきれいに印刷できることが売りの6色インクもあまり意味がなくて5色で充分であると感じるし、そもそもプリンター本体が1万円くらいで買えるのにプリンターインクって高すぎる。これは完全にプリンター業界が本体を安くしてインクを買わせることで回っていくビジネスモデルになっているのだということだろう。
 プリンターの部品の中で故障しやすいと言われるプリンターヘッドについて言えば、あるメーカーでは部品売りを数年前に中止している。
 プリンターヘッドが壊れて修理に出そうと見積もりをとるとだいたい1万円以上になり、それなら買った方が安い、ということになる。
 なんか理不尽だなあ。
 ていうわけで僕は写真がきれいに印刷出来るものではなくて機能としては最小限のものにしたわけだ。どうせ壊れるし。

 最近流行りのプリンターは手差しトレーではなくてカートリッジ式に移行しつつあるが、このタイプは紙をかなり曲げなきゃいけないので厚紙の印刷が難しいらしく、その上よく紙づまりをよく起こすと電気店の店員が言っていた。
 いずれにせよ、新品買うより費用がかかっても年明けには故障したプリンターを修理に出すつもりだ。なぜかというと年賀状対応でプリンターインクを大量に購入していてそのインクを使わないともったいないかれである。
 本当に最近のプリンター事情は面倒くさい。
 
 昨晩は大学時代の同級生と渋谷でばったり会い酒を飲んだ。
 その同級生は先輩と一緒に山下達郎のLIVEを観た後に渋谷で飲もうとしてたまたま僕が飲んでいる店に来たのだった。
 二人はもちろん音楽好きで大学時代は音楽サークルに所属し、今でも仲間と一緒にバンドも組んでいる。聴くのも好きだし、演奏するのも好きなタイプ。
 この二人がともかく音楽に詳しい。お店には素敵なBGMとして80年代AORが流れているのだが、1曲流れるごとに交わされる二人の会話がすごい。タイトルやアーティスト名はもちろん、その曲の作曲者や作詞者、レコーディングに参加したミュージシャンの名前、その曲が入っているアルバムのことやそれにまつわるエピソードなどが次々に繰り出される。
 片方が発信するとそれをもう一人が受けた上でさらにまた新しい球を投げる。曲名ぐらいしかわからない僕はあっという間に置いて行かれてしまう。
 「オレAORオタクだからなあ」などと言いながら披露される知識の数々は憶えておきたいことばかりだが、あまりの知識量に僕の脳みそが間に合わない。
 いやいや僕だって結構音楽詳しい方なんですよ。AORも好きだし、かかっている曲のタイトルとアーティストはだいたいわかるんです。でもあまりのマニアックさに二人の会話に口をはさむことができない。
 タレントの松村邦洋さんは野球が大好きで驚異的な記憶力であらゆる名試合の名場面を憶えており、しかもその知識をテレビやラジオで披露するときにはきちんと知らない人にも面白く聞かせることができる。まさに「芸」の領域。
 そういえば会社の後輩にも航空関係と鉄道関係のことにやたら詳しい奴がいて、この夏に辛坊治郎さんがヨットによる太平洋横断に失敗して遭難したとき、救助に活躍したのが自衛隊の救助艇US2であると知るやいなや「この救助艇を作っているのは新明和工業といって戦時中に紫電改を作っていた川西航空機が前身で、日本の高い技術をDNAとして持っている会社で・・・」と始まって驚いたことがある。彼によるとこのUS2が出動したということはかなりの高波であったと思われるのだそうだ。
 一体どうしてそんなことに興味を持ち、そんなに詳しく憶えているのだろうかと感心させられたこともあった。
 こうした知識に対して深く踏み込める能力のある人にはある種の憧憬を感じる。
 エイベックスの松浦勝人社長が「ダンスミュージックのことなら絶対に誰にも負けない自信があった」と言っていたの聞いたことがあるが、やはり成功する人、ひとかどの人物はやはり深く踏み込めるタイプが多いのではないだろうか。
 よく仕事の先輩達から「何でもいいから、これだけは誰にも負けない!ということを作れ!」と言われたが今振り返ると今ひとつ「これ」と言えるものがない。反省しきりである。
 でも、この踏み込みの深さが何かを成功に導く鍵であることは間違いないようだ。