僕が講師を務めるコンテンツプロデュースに関する講座がスタートし、第1回目が終了した。
 ここのところ「丸の内朝大学」では「ラジオパーソナリティクラス」という講座をレギュラー的にここのところ持たせていただいているが、この朝大学はラジオのパーソナリティのテクニックをもとにした"コミュニケーションスキル”に関する内容。
 今回の「ネットコンテンツプロデュース講座」は僕自身の仕事の核となる方法論と関係が深い内容で、僕自身、今の自分のものの考え方を改めて確認している。
 第1回目は概論的な内容にしたが、改めていろいろなコンテンツをチェックして行くと、今コンテンツは、
①ネットコンテンツとして誕生
②ネットからリアルな世界に飛び出しイベント化
③テレビ・ラジオなどのメディアで取り上げられる。
という順番で拡散して行くパターンが多いと感じる。
 かつては
①テレビ・ラジオなどのメディアでコンテンツが誕生
②コンテンツがイベント化、または商品化
③他メディアで取り上げられてさらに拡散
だった。
 順番が変わってしまった。
 コンテンツ自体もネットでまず展開することで費用面も抑えられるので不況時代にマッチしている。
 上記のことをアタマに入れていないとヒットを創りだすのは難しい。
 確かにふと周りを見渡すと、テレビラジオを使わずに生まれたヒットコンテンツ、たくさんあるもんな。
 次回の講座のお題は「テレビ」なんだけれど、今研究中。
 ネットコンテンツとテレビの関係・・・。決していい感じとは言い難いな。


 
 エンターテインメントの仕事を25年以上しているとものの考え方はが時代とともに変化していることがわかる。
 いつの時代も正解など無い。ただ上手く機能する考え方や仕組みがあるだけだ。そこに正しいとか間違っているという価値観は不要である。
 皇太子ご成婚、東京オリンピックで爆発的に普及したテレビはエンターテインメントの世界に「芸能界」を生み出した。バブル崩壊の1990年代まで「芸能界」は肥大を続け、より効率的な仕事のために分業が進んだ。映画が強い時代は俳優は映画会社の専属で、歌手はレコード会社の専属だった。ところがテレビの影響力が強くなって行きマーケットが拡大すると芸能プロダクションが生まれ、タレント育成とテレビ番組の制作、レコードの制作は別々の作業になり分業が進んで行く。出版社は本を作り、ラジオ局はラジオ番組を作る。だからこそそれぞれのメディアを掛け合わせる『メディアミックス」が効果を上げた。
 ところがバブル崩壊して旧来のエンターテインメントマーケットが収縮している現在、分業が進んでいることが枷となり、各社小回りが効かなくなっている。
 簡単に言えば、昨日までラジオを作っていた人間がある日を境にインターネット向けに映像制作をしなければいけないのが現在の状況だ。
 そうなるとかつてのスキームで美味しい思いをしてきた企業はなかなか新しいジャンルへの転換が難しい。そのことが原因の閉塞感がエンターテインメント業界を覆っている。
 
 こんな時代に成果を上げている人たちを観察していると、どうもそこにあるコツが見えてくる。
 それは「一人で全部やる』ということだ。これまで分業してきた作業を改めて一人でやることで今の時代に合った効率化が可能になる。
 例えば秋元康さん、小山薫堂さん、鈴木おさむさんと行った時代を代表するクリエイターたちの共通点は「放送作家」という職業では無いだろうか。秋元さんは作詞家、小山さんはラジオパーソナリティとも名乗っているが、3人とも放送作家出身であることは間違いない。
 彼らの特徴はどのメディアにも属していないということだ。テレビ、ラジオ、出版などのどのメディアとも仕事をする彼らは映像制作も音源制作も映画製作もラジオ番組制作もやってのける。
 すなわちどのメディアとも等距離を保ち、自分たちが作るコンテンツにとってベストなアウトプットメディアを選択するまさに「コンテンツニュートラル」だ。
 僕はこうしたエンターテインメント業界にあってラジオの仕事をしているが故に他のメディアの人たちに較べてフレキシブルに仕事をしてきた。イベント制作やCD、本の制作、販売、場合によっては自分たちが企画したイベントをテレビで放送するために映像制作をしたり。
 今ではこのイベント制作や映像制作の比重は日々高まっている。そしてコンテンツニュートラルな仕事のやり方はこれからの時代に求められているやり方のであると確信するに至った。
 会社の組織も「作る人」と「売る人」がいて、それぞれの立場を主張しながら仕事を進めるのがこれまでのやり方だった。ところが最近は作って売る人が増えている。
 ビルゲイツだってスティーブジョブスだって作って売る人だった。特にインターネットの世界ではこの「作る人」と「売る人」の境界線はぼやけているし、その考え方では今何が起きているか理解することが出来ないだろう。

 そんな新しいものの考え方、アイディアの生み出し方を若い世代に伝えたくて講座を持つことになりました。「ネットコンテンツプロデュース講座」東京コンテンツプロデューサーズラボで3月から全8回で行います。
 開講に向かってさらにいろいろと準備をしている今日この頃です。
 企画やコンテンツ制作に関わっている人で何だか上手く行かない、と感じている人は是非参加して欲しい。必ずや解決策のヒントを提供します。詳細は
http://www.tcpl.jp
から入ってみてください。
 皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。
 ウェブマーケティングの仕事をしている友人と話していて「ネットコンテンツが足りない」という話題になった。
 そう、未だに日本のネットの世界には技術系の人が多い。
 儲かる仕組みの開発に血道を上げている人が多いし、実際に新しいサービスを考えた人たちが大成功している。それはFacebookやTwitterを見ても明らかだ。
 でも、その先はコンテンツが大切、ということらしい。
 僕はどちらかと言えばコンテンツ側の人なのでそんなネットの世界の動向とは関係なくいつでもコンテンツのことを考えている。
 「何か面白いことないかなあ」
 これが僕の口癖になっている。
 そんなときによく思い出すのが高校時代に漢文の先生に受けた説教のことだ。
 その漢文の教師は悪い人では無いのだが優柔不断なところがあり、そこを生徒につけ込まれて逆にからかわれたりしている人だった。
 その教師がある日切れた。
 「オレが心配しているのは、君たちの判断基準が善い悪いでは無く、“面白いか”“面白くないか”になっていることだ。」
 という説教だった。
 なぜかその時のことをよく憶えている。
 教師のいうことは何となくわかるが、そもそも善悪の判断が難しいのではないか。
 自分にとっては面白いという事の方が重要であるように思えたのだった。
 だからなのかわからないが今、僕はコンテンツを作る人として日々「面白い」が「善い」ことで、「面白くない」ことが「悪い」ことだと考える生活をしている。
 未だに善悪の判断については謎だらけだが、「面白い!」と思える瞬間が一番幸せで、この「面白い!」を発信して誰かが幸せな気持ちになることが僕の喜びである。
 そうした行動原理で生きていた僕がこの度コンテンツについて講座を持つ事になった。

 『ネットコンテンツプロデュース講座』
http://www.tcpl.jp/openschool/index.html#kouza20
 どうやれば人の心に届くコンテンツを作る事が出来るのか、を僕の経験の中からノウハウとして教えて行こうと思う。
 そうして「面白い!」を感じて幸せになる人が一人でも増える事を願いながら。