『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?/柴那典」を読了した。
 レビューを書くつもりは無いが、素晴らしい本だった。ボカロ登場以降の音楽を時系列で整理して、その中で起きた様々な事件の意味をきちんと示してくれている。
 僕はずっとラジオ業界という音楽業界にとても近い位置にいながら今ひとつ断片的にしか事象が見えていなかった。
 2011年10月から2013年の1月までBUZZ上海と番組を制作していた。この番組は上海のラジオ動感101とコラボレーションし、お互いのプログラムを交換して放送するものだった。今考えてもかなり斬新だが、そのイベントを2012年の2月25日に「BOOM BOOM TOKIO × BUZZ SHNGHAI(侬好上海)元気な日本展 SPECIAL EVENT with 八王子P feat. 初音ミク・DJ KAYA」というタイトルで行った。
 回りくどいが要するにボカロPと一緒に上海に進出、初音ミクの初お披露目をした訳だ。
 一緒に旅した八王子Pは才能あふれる溢れる若者で、「初音ミク=オタクカルチャー」と思っていた僕には意外に思えた。
 しかしこの本を読むとネット、ニコニコ動画といった遊び場に初音ミクという遊び道具があり、それを使っていろいろと遊んでいるうちに生まれたのがボカロPたちの作品群だったのだ。
 どんどん売れなくなる、下降線を辿っているなどと言われている音楽業界を尻目に、ネット上に出来た遊び場では次々にクリエイティブな事件が起きていた。
 それは決してオタク的なものではなく、儲けようなどと思わずただ純粋に「面白いこと」「楽しいこと」を求めた若いクリエイター達が創りだしたムーブメントだったのだ。

 当時の僕は断片的にこのボカロのムーブメントが今ひとつピンと来なかったのは僕自身がその「遊び場」で同時間体験、同空間体験をしていなかったからだということを改めて感じることになった。
 自分では常にクリエイティブの最前線に接しているつもりでもどんどん新しい遊び場が出現し、新しい事件が、ムーブメントが生まれている。
 得意、不得意やタイプの問題もあるにはある。でもこのボカロムーブメントが起きた2007年頃からの流れを全然自分は理解できていなかったのだと改めて思う。
 supercellだってlivetuneだってゲストには呼んでみた。オールナイトニッポンのジングルを初音ミクで作ってみた。
 でもそれは流行っているものに飛びついただけで、決して自分達から仕掛けて行ったとは言い難い。その遅れをとった感じがモノを作る仕事をしている身としては非常に情けなく、今反省している最中なのである。
 昨夜の「AKB48のオールナイトニッポン」は先日25日の握手会襲撃事件以来初の生放送。
 番組冒頭でパーソナリティの横山由依・島田晴香・松井咲子がリスナーからのメッセージを読み上げ、事件の被害者でもあった入山杏奈さんと電話をつなぎ、元気な声を聞かせた。
 
 こういうことがあったとき本人の肉声を聞くことができるラジオというのは、特に生放送良くも悪くも期待される。
 しかし、その当事者である番組ディレクターはじめとするスタッフも大変だ。
 やはりこの日、担当ディレクターはずっと番組に関するやりとりを事務所と重ね、リスナーの期待に応えようと必死になっていた。
 
 あんな事件が起きれば握手会に出るメンバーだって怖くなるだろうし、運営側は警備を厳しくしたり、今後気軽にこうしたイベントをやりにくくなってしまう。
 でも握手会はAKB48グループの核となるイベントだ。メンバーもファンもこのイベントを楽しみにしているし、わざわざ会場に足を運ぶファンの気持ちを考えれば握手会の今後はとても気になることだろう、そして何よりもファン、リスナーとしては被害を受けた入山杏奈さんと川栄李奈さんのふたりを心配する気持ち、そんないろんな人の「思い」が飛び交った夜だった。

 担当ディレクターの交渉の甲斐もあり、番組では入山杏奈さんが電話出演していただくことが出来た。そして集まったリスナーからのメッセージ。
 少しはリスナーの気持ちに応えることが出来たかな、と放送を聞きながらディレクターは思っていることだろう。

 ラジオでは生き様が交錯する。
 生放送の現場だからこその緊張感。電波に乗せてしまえば取り戻すことの出来ない言葉を必死で選び、喋り、それを聞いて誰かが何かをまた感じる。
 改めて「いい放送」というのは誠実な思いで成り立っているのだと感じる。
 今回オールナイトニッポンに出演したAKB48のメンバーにしても、相当なプレッシャーだったろう。今発言することの責任を感じてなのか、その凛とした態度に僕は感動すら覚える。
 この事件の容疑者は殺意を認めているそうだが、「殺意」と突然向き合うことになった彼女達の恐怖はいかほどのものか。
 必死で生きている。必ず死ぬから今を生きる。必死で生きる。
 そんな強い気持ちを彼女達から感じたし、もちろんその番組というステージを作ったスタッフたちの生き様、強い気持ちもひしひしと感じる番組だった。
 
 先週から2週間で3本のLIVEをこなした。
 もちろん仕事の話では無い。僕が趣味でやっているバンドのことだ。
 今、僕は都合4つのバンドに参加している。
 バンドも4つになるとスケジュールのやりくりが大変になってくる。
 僕は元々音楽が好きでジャズが好きで、学生時代に楽器を手にして演奏活動をしていた。
 就職して社会人になってからはほとんど楽器を触ること無く、97年に休職していた期間を除いてほとんど楽器に触らないで生活をしていた。
 それが久しぶりに楽器を手に取ったのは2005年、40歳になる頃だった。
 「不惑」とも言われる40歳という年齢、人生の折り返し地点とも言われるその年齢を迎えて考えたことは、やっぱり音楽が好き、ジャズが好き、サックスが好き、ということだった。
 それで久しぶりにサックスを練習しようと楽器を手に取り吹き始めた。吹き始めれば当然誰かと一緒に演奏したくなる。
 それでたまたま誘われた大学OBのビッグバンドに参加、しかも学生時代に吹いていたアルトサックスではなくテナーサックス。
 でもそれがきっかけになり、今はソプラノ、アルト、テナーを吹くようになった。
 今はスケジュール調整が大変なのでビッグバンドには参加していないが、それでも4つのバンドに関わるとなかなか大変(笑)。
 バンドメンバーは学生時代の友人が多い。彼らとは「人生の残された時間、いかにして楽しむか」についてよく話す。
 僕も48歳。先日も突然高校時代の同級生が亡くなり、人間の生きている時間が有限であることを思い知らされたばかり。
 だから、今日一日を楽しく悔いなく生きようと思うと、ちょこっと楽器に触りたくなるのです。
 あ、もちろん仕事もちゃんとやってますよ。