エンターテインメントの出口、という話を最近よくする。
 昨晩出会った人たちは「ダンス」の世界の人たちだった。
 「ダンスの世界にも出口がない」のだという。
 確かにそうかもしれない。“世界的なダンサー”なんて何人いるのだろう。そしてミリオネアのダンサーは何人いるのだろう?そう考えると「ダンス」の出口にはまだ見つかってないように思える。
 ダンスは映像にすれば「データ」にすることが出来る。でも果たしてその映像が「商品」として流通し、一般化することはかなり難しいように思える。
 バレエというジャンルがあるが、有名バレエ団の公演のチケットがすごく高いとか、なかなか買えないとか、そういう話は聞くが、バレエDVDが大ヒットした話は聞いたことがない。
 バレエがダンスというジャンルの中ではビジネスが成立しているように思っていたが、そんなにことは単純でないのだろう。

 そうか「ダンス」か。
 もちろん今のエンターテインメントにおいてダンスは不可欠だ。
 でもまだダンスは主役になれていない。
 パフォーマーたちは歌い踊るが、あくまでも歌がメインだ。
 ダンスが主役の世界を構築することはできないのか。そんなことを考えていると、ふと思いついたのが、少し前にブレイクしたAKB48の恋するフォーチュンクッキーだ。
 日本中の人たちがこぞって踊って、撮影してyoutubeに上げた。なんかこれってヒントであるような気がするなあ、と。
 日本でダンスというと何となくだが、運動会でやるマスゲームのようなことのほうが日常的であるようにも思える。
 ふだんの当たり前の生活の中に音楽がある。音楽が存在し得る。だから音楽は主役になる。カラオケもある。
 ダンスが日常生活に入っている来るにはどうすればいいのか。ダンスの授業がはじまり、ゆっくり醸成していくことなのかも知れない。
 日本人には自分の感情を踊って表現するような習慣はない。だからこれから新しい文化を作って行くしか無い。そう考えるとそこはまだブルーオーシャンでやれることがいっぱいあるような気がして行きた。
 昔からあるヒーローの決めポーズや、最近のヲタ芸と言われるアイドルコンサートでのサイリュウムを持ってやる踊りだって「ダンス」だと思ってしまえばその芽はいろんなところにあるような気がする。うん。もう少し考えてみよう。
  
 なんか時代の境い目とでも言うのか。
 2014年も7ヶ月が過ぎたが、社会があらゆる面で急速に変化しているように感じる。
 もしも100年後にこの2014年あたりを振り返るときにまるで20世紀が始まった頃のように語られるのではないかと思う。
 ウクライナやガザのことはもちろんだけれど、日本だって例外じゃない。
 裏が表になるとでも言うのか・・・。

 抽象的なことを行っていてもよくわからないと思うので、僕が仕事の現場で感じることを1つだけ。それは例えばネットのことだ。
 インターネットが一般に解放されて普及し、いろんなことが始まったこの20年であったことは疑いの無いこと。
 このインターネットの世界に変化が起きている。
 インターネットの世界を新しい土地の開拓になぞらえてみよう。
 開拓で一番はじめに大切なことはインフラ整備だ。道路を作り、水道、電気などを引くために土木工事が始まる。こうした時代はヤマっけのある人たちが集まり、そう言う人たちは一攫千金を狙い、荒々しくも力強く町を作って行く。
 そしてインフラ整備が終わって初めて人が住み始める。新しい希望に満ちた人たちが集まり始める。そしてそこに新しい仕事が生まれ、文化が生まれる。
 そう、インターネットが一般化して約20年。ネットの世界のインフラ整備がほぼ終わり、そこに文化が生まれ始めた。そんな印象を受けるのである。
 誰もがPCを持ち、日常的にネットの世界に接するようになった。
 音楽を例にとっても、ネットが音楽業界の敵と言われていた時代は終焉を迎えようとしている。
 今やネットから初音ミクのようなボーカロイド音楽が生まれ、ボカロPがスターになった。
そしてその世界観はさらにボカロ小説のような発展を遂げ、さらにさらにアニメになって日本の以外の国にも発信されて行く。
 そんなことが当たり前になりつつある。
 半年前の生まれた新しいことがもう今は普通に感じられる。こんな時代の雰囲気は48歳の僕にとっては初めての体験だ。
 きっと昭和40年代に生まれた深夜放送ブームも、そこから「帰って来たヨッパライ」という名曲が生まれたときもこんな感じだったのではないかと妄想している。
 こんなときにもう中年を過ぎた自分が何が出来るのか、今じっと考えている。
 
 最近よく聞く発言。
 「オレも後◎◎年なんだから・・・」
 先日、ある先輩にお会いしたら、やはりこの言葉。『もうオレもあと2年だから・・・』。
 若い頃は時間が無限にあるような気がして、自分の未来は見えないからこそ輝いていた。
 でも、人生も半分以上を過ぎ。これまで以上にエンディングを意識するようになる。
 自分の父親が亡くなった年齢というのも友人達からよくでる発言だ。
 「父親が亡くなった年齢を超えるといつ死んでもおかしくないと思うようになるんだよね」
 ある知り合いが言っていた。
 そう、僕も同じことを思っている。「父親が死んだ歳まであと○○年」と数えるようになった。
 僕の父は69歳で亡くなった。もう少しいけるのではないかと本人も思っていたように感じる。
 でも死は唐突にやってきた。
 父親を若くして亡くした人はその年齢を超えると「父親の分まで生きる」という気持ちになる人も多いようだ。
 もちろん冒頭で挙げた「オレもあと◎◎年なんだから・・・」という言葉は定年を意識した言葉だ。定年はサラリーマンにとって大きいひとつの区切り。再雇用で65歳まで働ける環境がある場合もあるが、やはり現役終了の区切りは60歳。場合によっては60歳になる前に役職を降りなければいけない会社もあるようで、その意味は大きい。

 若い頃は「人生は死に向かってのカウントダウンなんだ」なんて飲みながらしたり顔で語っていたこともあるが、48歳の今そのカウントダウンは若い頃よりリアリティを上げて迫ってくる。
 一体残りの人生で何ができるだろう。人生の時間が有限であることは先日中学高校の同級生が亡くなって思い知らされたばかりだ。
 どうであれ、自分に出来ることは今日一日を楽しく生きるしか無いのかも知れない。