フルマラソンの大会に出場した。
 散々なタイムだった。同じ大会に2年前に出たときはサブ4、いわゆる4時間切りのタイムだったのだが、それが今のところ僕の最高タイムである。
 一昨年の冬に出たフルマラソンで膝を痛め、それから約1年5ヶ月ぶりの大会だったのだが、全く自分の思うように走ることができなかった。
 体力の衰えを感じる。それは走る事のみならずジムでウェイトトレーニングしているときにも感じることだ。
 僕は今のジムにも行き始めて10年目。いつからだろう。自分の上げることができるウェイトが増えていかなくなった。現状維持が精一杯だ。それ以上に強くしようとして頑張ると怪我をするようになった。だから今は負荷を増やすときは恐る恐るあげている。
 今日出場したフルマラソンにしてもそうだ。
 終わった後に段々以前にも痛めた左足の膝が痛くなり階段を登れなくなった。
 帰りに急いで湿布を買って風呂上がりに貼ってみている。明日は会社だし、できれば足を引きずって行きたくはない。
 別に練習しなかったわけじゃない。毎月100km以上は走っているし、大会に向けてそれなりに準備してきたつもりだ、そして2年前まではそれで上手くいっていた。しかし今は上手くいかない。どうにも走りが向上しないし、怪我もしやすくなった。
 結局思い当たるのは年齢による体力の衰えなのだ。
 僕は49歳。実は45歳くらいまでは全く体力の衰えを感じたことがなかった。自分の中では大学生のときと同じ感覚が続いてきた。特にきちんとジムに行きだし、走り出した30過ぎからはむしろ向上しているとさえ感じていた。
 もちろんいつかは限界が来ることも予想していたし、アスリートたちの衰え、引退はもっと早い。素人感覚だからこそ40過ぎても体力があるなんて感じていたのだとは思う。でも遂にその感覚を維持することが出来なくなった。
 アスリートが引退を決意するときを疑似体験しているとでも言おうか。走っても走っても楽に走れるようにならない。それ以上にいくら運動しても痩せなくなった。体重が落ちなくなり、顔の肉は落ちるのにお腹の肉が落ちない。
 思い切ってフルマラソンに出場することなどせず、ゆっくり体力維持くらいの軽い運動に留めておいた方がむしろ健康のためには良いとさえ思う。
 いつの間にか僕も歳を重ね、衰えた。

 そんなときに僕がいつも思い出すのは作家の五木寛之さんの言葉だ。
 五木さんが以前、番組のゲストにいらしたとき言っていたのは、「年齢をとるほどビンビン感性で感じるようになる。だから百寺巡礼という企画をやったのだ」という話だ。
 五木さんによれば感性は経験をすればするほど鋭くなる。だから歳を取ることは素晴らしいことなのだ、と僕たちに語ってくれた。 
 このエピソードは今の僕にはすごく響く。
 体力が衰えようともこれからはより感性の人(ぶって)行きたいと思う。僕らはまだまだいろいろ楽しまなければいけないのだから。
 
 
 スピリチュアルとか精神世界とかに関連した事は近年放送ではとても扱いにくいものになった。
 「オーラの泉」があまりに人気になったからだとも思うが、根拠のない超常現象と呼ばれるものや占い、幽霊に関することは放送では扱わなくなった。
 もちろん理由は根拠のないことをオンエアするとそれを信じてしまうなどの悪影響が出るということなのだけど。
 でも僕は子供のころからUFOや怪談話が大好きで、そうした特集がテレビで組まれると欠かさず見ていた。矢追純一さんのUFOものや、つのだじろうが登場する心霊モノ。
 子供心にその得体の知れないものへの恐怖と畏敬の念、そして何よりも心湧きたつワクワク感を感じていた。
 誰かが言っていた。「世の中には見えないものを信じる人と見えるものしか信じない人がいる。」
 どちらがいいということではないけれど、見えないものを思い浮かべる想像力は人間にとって何よりも大切であるように思う。
 ジョン・レノン、ヨーコ・オノも言っているようにimagineである。「想像しなさい」。そう、願えば叶うと信じ、望ましい未来を想像する。
 その行動力なくして全ては前へ進まない。
 
 今更だが24を見ている。
 ジャックバウワーが主人公のアレである。
 最近新作が出てそれを見ていたら、過去のものが見たくなったのだ。
 最初のシリーズははるか10年以上の昔に見たのだが、そのあとシーズン◯◯と次々に出るシリーズについていけなくなった。
 そこで今回そのブランクを埋めるべくシーズン2から見ていくことにした。
 改めて見るとその内容が予言的であることに少し驚く。
 2001年に見た最初のシリーズで黒人大統領が登場するが、現実の世界ではこのあとに黒人大統領のオバマが登場する。当時は黒人大統領が登場することに違和感を覚えた。「まあ出て来ればいいよね。無理だと思うけど。」って言った感じ。
 たかが14年前のこととは言え、それだけ黒人大統領という存在にはリアリティがなかった。でもそれは実現してしまった。
 また24はテロ対策ユニットCTUを舞台にしている。24の中では細菌テロに原発テロなどあらゆるテロが起こり、その脅迫にインターネット放送が使われる。まだyoutubeがそこまで発達していなかったからだろうが、生放送でネット放送で官房長官が「処刑」される・・動画の映像が、ここのところイスラム国のyoutube動画でおなじみになった光景と酷似していてちょっと恐ろしくなる。
 テロで原発がメルトダウンさせられ住民が避難する展開や、逃げ遅れた病気の老人が自殺するなどのエピソードも福島原発事故以降のことを知っている今見ると、まるで予言のようだ。
 CTUにいるエンジニアたちがあっという間に逆探知したり、通信を傍受したり、街頭カメラのネットワークに侵入して犯人を追いかけたりするが、この光景は僕に「スノーデン事件」を思い起こさせる。スノーデンはCIAで働き、全米中の電話を盗聴している事実を知り罪悪感に耐えられずそれを暴露して事件になったのだった。
 要するに24の中のCTUで行なわれているような業務をしていたということなんだろう。

 想像できることは実現する。
 起こってほしくないことでも想像しうることは実現する。そんなことを改めて思った。
 24の中では少し乱暴なやりかただけれど、主人公のジャックバウワーが解決してくれる。
 現実には24時間で解決するもんじゃないけれど、でも解決策が想像できればそれは実現する。
 そう信じて生きていく他ないと思っている。