本日福山雅治さんの日産スタジアムのライブを観てきた。
僕としては1年以上ぶりの福山雅治さんのライブだった。今年はデビュー25周年でLIVE中の映像もそういったテイストのものが多かった。
一時期は仕事をさせてもらっていたせいもあるのだが、福山雅治というひとの「半ナマ」感が印象に残ったライブだった。
ここでいう「半ナマ」とは言葉通り、卵であれば固まらないという意味。半熟。
成熟しない瑞々しさがあるということだ。
褒め言葉にはいろいろあり、「成熟した」「円熟の」といった言葉がよくベテランアーティストに対しては使われる。
でも福山雅治さんに限っていえば「未成熟」「未完成」「半ナマ」が僕からの褒め言葉になる。
例えば彼が写真に写る時の笑顔。僕にはどこか無理に笑っているように見える。
「作り笑い」という意味ではない。彼の過剰なまでのサービス精神がそう感じさせるのだ。見てくれる人のために一生懸命笑顔を作る真摯さがそこに表れている。
ベテラン大物アーティストはカメラの前に出ると素の表情から打って変わって「キメ顔」に直ぐなれる人も多い。福山さんはそうではない。
彼自身が「テレビが苦手」と言っている通り、僕から見てもどこかカメラの前でファンにがっかりされないように一生懸命「キメ顔」をしようとしているようにも見える。
ステージングにしてもそうだ。どこか決まっていない感じがする。
それは経験から来る「慣れ」「惰性」とは無縁のいつも仕事に対して真摯に取り組む姿勢の表れなのではないかと思う。
でも僕から観るとどこか微笑ましいような、思わず笑っちゃうような動きや表情、そして発言。
でも今回ステージで新曲「その笑顔が見たい」の歌詞の中に福山雅治さんの姿勢が記されていることに気がついた。
「1番新しい自分を1番誇れるように」
このフレーズが全てであるように深く感じ入った。
福山さんの曲の歌詞は自省的なものも多い。
自身の精神状態、そのとき考えていることがそのまま歌詞と曲になっている。
そう、この歌詞にあるように福山雅治は常に「1番新しい自分を1番誇れるように」と考えているのだろう。だから彼には円熟、成熟といった境地はまだまだやってこない。きっとこの先も変わり続けて倦むことがないのではないだろうか。
そしてだからこそ25年という時間、トップを走り続けられるのだろう。
そんなことを感じさせられたライブだった。
僕としては1年以上ぶりの福山雅治さんのライブだった。今年はデビュー25周年でLIVE中の映像もそういったテイストのものが多かった。
一時期は仕事をさせてもらっていたせいもあるのだが、福山雅治というひとの「半ナマ」感が印象に残ったライブだった。
ここでいう「半ナマ」とは言葉通り、卵であれば固まらないという意味。半熟。
成熟しない瑞々しさがあるということだ。
褒め言葉にはいろいろあり、「成熟した」「円熟の」といった言葉がよくベテランアーティストに対しては使われる。
でも福山雅治さんに限っていえば「未成熟」「未完成」「半ナマ」が僕からの褒め言葉になる。
例えば彼が写真に写る時の笑顔。僕にはどこか無理に笑っているように見える。
「作り笑い」という意味ではない。彼の過剰なまでのサービス精神がそう感じさせるのだ。見てくれる人のために一生懸命笑顔を作る真摯さがそこに表れている。
ベテラン大物アーティストはカメラの前に出ると素の表情から打って変わって「キメ顔」に直ぐなれる人も多い。福山さんはそうではない。
彼自身が「テレビが苦手」と言っている通り、僕から見てもどこかカメラの前でファンにがっかりされないように一生懸命「キメ顔」をしようとしているようにも見える。
ステージングにしてもそうだ。どこか決まっていない感じがする。
それは経験から来る「慣れ」「惰性」とは無縁のいつも仕事に対して真摯に取り組む姿勢の表れなのではないかと思う。
でも僕から観るとどこか微笑ましいような、思わず笑っちゃうような動きや表情、そして発言。
でも今回ステージで新曲「その笑顔が見たい」の歌詞の中に福山雅治さんの姿勢が記されていることに気がついた。
「1番新しい自分を1番誇れるように」
このフレーズが全てであるように深く感じ入った。
福山さんの曲の歌詞は自省的なものも多い。
自身の精神状態、そのとき考えていることがそのまま歌詞と曲になっている。
そう、この歌詞にあるように福山雅治は常に「1番新しい自分を1番誇れるように」と考えているのだろう。だから彼には円熟、成熟といった境地はまだまだやってこない。きっとこの先も変わり続けて倦むことがないのではないだろうか。
そしてだからこそ25年という時間、トップを走り続けられるのだろう。
そんなことを感じさせられたライブだった。