昨日、ある方からプレゼントされたワイシャツのお仕立券でワイシャツを作りに行った。
生地を選び、丁寧に寸法を測ってもらい、出来上がり日を教えてもらって店を出た。
50歳になってある人から「50歳までは洋服に合わせて身体を作る。50歳からは身体に合わせて洋服を作るのがいい」と言われたことを思い出す。
自分の身体に合わせて洋服を作るのはある意味で人生を50年生きてきて、これからはオーダーメイドの人生を生きろよ、ということなのかも知れない。
僕は会社員、サラリーマンとして生きて来た。
会社としての枠組みに合わせて自分の人生を設計してきたし、合わせるために自分を追い込むことも結構好きだった。
でもある程度の年齢になると周りからあまりああだこうだと言ってもらえなくなって、自分の一挙手一投足が間違っていてもそのまま進んでしまうことも多くなった。
もう太っていても「痩せたら?」とは言ってもらえないということか。
オーダーメイドの服は着る人のセンスや個性を既製品を着るより表すだろうし、だからこそ自分がいかなる人物であるかをよく自覚せねばならないということだろう。
自信と傲慢さはウラハラの関係にある。
そんなことに考えを巡らせ、少しピリッとした休日だった。
生地を選び、丁寧に寸法を測ってもらい、出来上がり日を教えてもらって店を出た。
50歳になってある人から「50歳までは洋服に合わせて身体を作る。50歳からは身体に合わせて洋服を作るのがいい」と言われたことを思い出す。
自分の身体に合わせて洋服を作るのはある意味で人生を50年生きてきて、これからはオーダーメイドの人生を生きろよ、ということなのかも知れない。
僕は会社員、サラリーマンとして生きて来た。
会社としての枠組みに合わせて自分の人生を設計してきたし、合わせるために自分を追い込むことも結構好きだった。
でもある程度の年齢になると周りからあまりああだこうだと言ってもらえなくなって、自分の一挙手一投足が間違っていてもそのまま進んでしまうことも多くなった。
もう太っていても「痩せたら?」とは言ってもらえないということか。
オーダーメイドの服は着る人のセンスや個性を既製品を着るより表すだろうし、だからこそ自分がいかなる人物であるかをよく自覚せねばならないということだろう。
自信と傲慢さはウラハラの関係にある。
そんなことに考えを巡らせ、少しピリッとした休日だった。