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世情いろいろ

日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

 

 

 パンデミックが意外に長期化して

外出がままならない。したがって名所旧跡を

訪問する機会がぐんと減少した。並行して

 ブログも少ない限りだ。

 

たまにはと思い~~。キョロキョロビックリマーク

 

 ある本を読んでiいると、おもしろい記事が出ていた。

 

春先前に、「冷奴」はふさわしくないが

ある若い人は店で、「冷たい奴」をくださいと云ったそうである。 

 語源を調べたが不明である。

 

日本語の読み方は、いろいろあっておもしろやら

ややこしいやら。

 

 

かつての著名になった本の「百寺巡礼」は、てらでも、じでも

 どちらもかまわないそうである。

 

日本海側で活躍した北前船はふね、せんもどちらも可。

星野哲郎さんの演歌「兄弟船」は、(きょうだいぶね)である。

 

京都には、寺町の地名があるが、秀吉が京都の寺を

一か所に集中させた、都市計画のひとつといわれる。

 

 

 上の写真は大阪・富田林の寺内町。

 

 同じようなネーミングの、「寺内町」がある。

大阪府下の富田林市が著名である。

「じないちょう」とも、「じないまち」とも呼ばれる。

 

 寺を中心にして、周囲を民家が取り囲むように出来て

寺内町が出現した、歴史上のいきさつがある。

 

一方、城を中心に、四方を堀をめぐらせて

 出来たのが、「城下町」(じょうかまち)。

 

門前町は「もんぜんまち」。ちょうと呼ぶ場合もあるそうである、

 城下町と形成の仕方が、似通っている。

 

つらなってできたような言葉の、「門前払い」は

 江戸時代に、奉行所から罪の軽い人を

追放した、意味合い持つそうである。

 今では訪問者を、面会せずに追い返す事と辞書にある。

 

京都は社寺の多い街である。

 京都の都市形成に、深いつながりがありそうである。

 

 

 ※ 参考 「こころのサプリ」五木寛之著(幻冬舎文庫)