今日はNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の
3回目の放送の日。主人公は明智光秀。
その明智光秀が造ったとされる、「明智門」が
京都南禅寺の塔頭である、金地院の境内に残されている。
金地院の入り口を入って左側に
その門が見える。
この明智門は、天正10年(1582)に
光秀が、母を弔うために
黄金千枚を寄進して、京都の大徳寺に建立したそうである。
桃山時代建築の、唐門といわれる。
しかし、明治初年(1868)に、大徳寺から金地院に移される。
明智門が、金地院に移される前には
現在の豊国神社の日暮門があったとされる。
豊国神社も、明治に完成している。
こうした移転に関しての
力関係がどのように、働いたのかはよく分からない。
金地院は家康の側近格であり
僧侶で寺大名といわれた、崇伝が住まいを構えていた。
明智門が初めにあった、大徳寺境内の金毛閣。
いろいろな歴史を、語り伝えた寺院である。





