江戸時代・大坂(大阪)の港から荷を出すイラスト風景。
江戸の頃、将軍のひざ元の江戸。天下の台所の大坂。
そして京都を加えた3つの都市は<三都>と呼ばれたそうである。
徳川家康が江戸を本拠にして以来、人口が急増し
100万都市になる。
この人口を支える、消費物資の調達が困難であったといわれる。
このため、<天下の台所>といわれた大坂(大阪)から
食品などの物資が廻船によって運ばれていた。
これがいわゆる<下り物>といわれた。
下り物は、上質のものとされ、下らない物は質が悪いとされた。
(くだらない)という言葉は、ここから生まれたという。(笑い)
少し、本題から外れるが。
大坂に近い灘(神戸、西宮)から、廻船でお酒が運ばれた
歴史的事実もある。
江戸へ向かう途中の富士山を眺められるところから(富士見酒)という
銘柄もあったそうである。
大坂は諸大名が、年貢の米を売り払って金銀を手にいれる
都市でもあった。堂島には米相場を立てる市場が出来た。
相場の情報は、旗振りなどの通信(屋上のやぐらで旗を振って
遠方に知らせる)を使い、すぐに京都や伊勢に知らされたという。
神戸・須磨区の鉢伏山の横には、「旗振山」の名残りがある。
大坂からの相場が、播州に伝えられたという。
<京の着だおれ、大坂の食いだおれ>という言葉は有名。
大坂は独特の食文化を生み出していた。新鮮な魚介類などを使い
安くてうまい料理がつくられた。
京都の着だおれは、着物が主体の、むかしの話。
ただし最近の京都の街中では、男女の着物姿が目立つ感じがする。
ただし、観光都市の側面から、よそさんも多いのでは。
(参考 THE日本 講談社)

