
早春の梅で知られる京都・北野天満宮
当時の政権の高官だった菅原道真が、時の政争に巻き込まれ
九州の大宰府に流され左遷された。この祟りを防ぐため
つまり、道真の怨霊を鎮めるために北野天満宮が造営された事は有名な話。
平安時代の頃の出来事。
ところが、奈良の法隆寺も聖徳太子の一族の鎮魂のための
寺院であるということが、梅原猛さんの著書「隠された十字架-法隆寺論」で
推論されている。かつてよく読まれた本であるが。

桜の頃の嵐山界隈の天龍寺
さらにはもう一つある。
最近出た「京都ぎらい」井上章一著 朝日新書 の中で
嵐山の天龍寺も、怨霊を鎮める寺ということが書かれている。
室町幕府を開いた足利尊氏が、南北朝の内戦で活躍。
南朝側の後醍醐天皇が三年後になくなる。こういう経緯の中で
北朝側の拠点だった天龍寺を鎮魂の寺にしたと推論してる。
詳しい事は歴史的に煩雑なので記載しないが。

法隆寺、北野天満宮、天龍寺と三つの
ビッグな寺社が怨霊にまつわるということは改めて
感慨を新たにする。
ここに来て、京都の夏を彩る祇園祭も
疫病を鎮めるために始まった事が思い出される。
「鎮魂の文化」が今も続行されている。
もっとも、靖国神社の鎮魂は各種国際問題に発展しているが
その手法の手違いがすれ違いを生んでいる。
鎮魂は強者、弱者の相関関係にある。
飛躍するが、イスラム国(IS)のテロもある種の「鎮魂」の手立てが必要ではないか。
安倍さんの国際舞台は華やかで立派だが、清水の舞台から飛び降りるような
物騒な手法は御免こうむりたいものだ。