
京都・伏見区の深草周辺を流れる疏水。
滋賀のびわ湖から取水して、京都の蹴上に出る疏水。
そして、北から南へ流れる。京阪電車沿線の深草駅周辺の疏水沿いには、桜が多く植えられ
春には爛漫となる。
このあたりに墨染寺のある墨染駅がある。
商店街を少し行くと、この寺に着く。「桜寺」の別称がある。


墨染寺(ぼくせんじ又はすみぞめでら)の歴史古い。
874年清和天皇の勅願によって建立。
その後すたれ、豊臣秀吉によって再興される。
秀吉の住まいであった、伏見城は近くにあった。
なぜ桜寺と呼ばれるようになったのか。その所以は。
平安時代の歌人が歌を詠んだ。
「深草の野辺の桜し 心あらば今年ばかりは墨染に咲け」
古今集に出ている歌だが、深読みの必要はないと思う。

境内は広くない。10本ほどの桜がある。
「墨染桜」と名つけられた桜はあるが
この日、訪れた時は識別できなかった。
ソメイヨシノが咲いた後、白色が徐々に墨色になるそうだ。


立っているのは日蓮像。前方に咲く花が墨染桜かもしれない。
話は脱線するが、この寺の奥に
平安時代の美女と言われた歌人の小野小町に
百日通いしたという、伝説がある欣浄寺がある。
もともと、百日通いをした「深草少将」の邸宅だった。
ここから、ひと山越えた所にある山科へ少将は
愛を完遂するため、百日通いの小町の言葉に応じる。
しかし、九十九日目に大雪で倒れて挫折してしまう。
謡曲にもなっているそうだ。
本当はこの寺へ行くつもりだったが。
あとのまつりだった。

「花の色は移りにけるないたずらに~」の有名な小野小町の歌が
思い出される。