
日本は先進国の中で
4番目の貧困率という報道がなされた。
ちょっと、びっくりものだ。
戦後の経済成長で世界でも
有数の豊かさを謳歌してきたわが国も
どこかへいったような錯覚に陥る。
(なにも、経済や物質の豊かさが、しあわせに連結する所以でもないが。)
統計の魔術か、ウソなのではないかと
思うところがある。
最近の雇用形態に発する、格差社会が進行する
中での事柄だけに、ある意味では深刻な事態ではないか。
こんな中で、最近の新聞(毎日)で
社会学者で中央大学教授の山田昌弘さんに
インタビューしたコラムの
おもしろい?記事が出ていた。
”幸福”についての内容である。それは。
<おいしい物を食べた時、おいしいこと自体が
幸福なのではなく、おいしいということを
他の人に話したり、話すことができるであろう自分を
想像することが幸せなのです。
身近な人や社会から承認され”つながり”を実感できることが
幸福です>と。
インターネットのブログでは
食べ物に関する記事が多く目につく。
この現象は、上に記した記事と合致する所が
あるようにも感じられる。
インターネットは、幸せを結ぶ橋なのか。
この新聞記事で、もう1点気になるところが。
<”希望”と”幸福”は対みたいなもので
努力が報われるだろうという確信が希望ならば
努力が報われたと思った時が幸福です。
今の若者は努力が報われるとは思っていません>と。
「努力が報われない」事態が事実ならば、放置されると
大変な事につながっていく事を危惧する思いである。
まあ、ある一面を物語っているのではないかとも楽観しているが。
一方、こ紙面の隣の記事で
写真家で作家の藤原新也さんの言葉を紹介していた。
<悲しい瞬間の方が喜びの瞬間より、人はよく生きているかもしれない>と。
幸福論は古今東西の昔から
論じられてきた歴史がある。
高校生時代に読んだ「アランの幸福論」。
内容は忘れてしまったが、この記事をアップしていて
ふと、思い出した。
この他に、ラッセルやヒルティの幸福論が
当時、もてはやされたが
今は時代に合わないのか、あまりこの本の
話は聞かなくなった。