


京都・先斗町(ぽんとちょう)の町並み。
三条から四條までの細い路地である。
むかしは、お茶屋が軒を連ねていたが
最近は食べ物屋さんの店が多くなり
本来の先斗町の雰囲気が、がらりと変わった感じ。
先斗町の名前の由来は
ポルトガル語の「岬」を意味するpontaから来ているらしい。
そのむかしは、先斗町のあった鴨川付近は中州状になり
こんなところからその名がついたとの事。
東京には八重洲(口)があるが
これは徳川幕府に仕えたオランダ人のヤン・ヨーステンから
その名がとられたと言われる。よく似た話だ。
先斗町は寛文四年(1664)にでき、その42年後に
水茶屋ができ、さらに文化十年(1813)に芸者が置かれた。
元来、京都の最大の生産品だった西陣織を買いに集まる諸国商人を
接待するために始まったといわれる。
4月の祗園の「都をどり」が終わり、5月は先斗町の「鴨川をどり」。
この踊りも今日24日が千秋楽。季節は夏に向かう。
先斗町を歩いていると、たまに舞妓、芸妓に出会う。
ある日の夕暮れに、背の高い舞妓とすれ違い。
足元のおこぼのせいもあるかと思うが、身長の高いのに
驚かせられる。新しいスタイルの出現はこの世界にも
見られるような思い。外国人の姿も最近は目立つ。


