手入れと都市化について | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

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 先日、あのベストセラーの書物を書き

人気抜群である、解剖学者の養老孟司さんの

 本を読んでいて、気になる一節があったので

ちょっとふれてみたい。

 本の題名は「かけがえのないもの 新潮文庫」。


この中で「手入れ」のくだりがある。

 手入れの考えについて所見を

述べたもの。

 手入れの意味は、広辞苑によれば二つある。

一つは「手を入れてよい状態にすること」


 もう一つは「犯罪の検挙のために、必要な場所に踏み込むこと」。

二つ目の意味は別にして。


養老さんのフレーズである。

 「日本の田んぼというのは非常に美しいものですが

それはお百姓さんが日々手入れをしているからです」

 「女の人は毎日毎日、1時間か2時間、鏡に向かって

必ず顔の手入れをしています。この目的は何かというと

 おそらくはっきりしないと思うのです」

「じつは田んぼも同じだと私は思います。お百姓さんにとって

いい稲をつくるのはもちろん大きな目的です。

 雑草が生えたら抜いて、畦が壊れたら修理してと

さまざまな仕事をやっています」


 「稲を実らせる目的(だけ)でやっているかというと

私はそうでないと思う」

 「そんなふうに細かく手入れをしていくと

最終的には外国人がびっくりするような

 きれいな景色ができてくる。

何も美しい景色をつくろうと思って手入れを

 しているのではないと(も)思います」


「このことはそのまま子育てについても

 言えることだと思います。子どもを育てるいうのは

こういう感覚ではないかと思います」

 「一方で思うようにつくり直したい欲求もあって

最近は整形がはやる。”顔自体”をつくり直してしまうというのは

 手入れの感覚とは決定的に違う」

「手入れというのは、もともとあったものを

認めておいて、それに何か人間の手を加えていくということです

 私は子育てがまさに典型的な例だと思います」


「その子どもの扱い方がわからなくなってきたのは

日常生活の中にこの手入れの感覚がなくなってきたからではないか」

 
 養老さんはさらに、この感覚の欠如が

里山にも出ているし、自然にも出て

 日本全体の傾向であると指摘している。

その傾向が、乱暴に言えば都市化に結びついているという。

 都市化というのは、何でも頭で考えて物事を思うように

しようとすることであると述べている。

 そして、顔の整形手術とどこが違うのかと

鋭い考えを披露している。


 なにも説教がましいことを押し付ける意図は

毛頭ないが、ちょっと考えさせられるご意見だ。

 ちなみに、これは他で聴いたことだが

新しい医者の希望分野は、美容形成が多いらしい。

 今、問題になっている産科医師の不足は

その理由として、養老さんの考えを含め、どこか共通点がないだろうか。