伏見城前身の夢の跡 | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

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 豊臣秀吉ゆかりの京都・伏見の町の中で

広大な発掘調査が行われ

 伏見城ゆかりの遺跡が見つかっている。


場所は当時、伏見奉行所が置かれ

 今もその名が残る伏見区東奉行町の一角。

遺構は秀吉が築いた伏見城の前身で

 文献にしか記録がなかった「指月城}(しげつじょう)の

ものといわれる。

 公務員宿舎建設に伴い

約3000平方メートルを調査したもので

 地中から堀跡や石垣が見つかった。

この他、金箔張りのキセルや陶器などが

 出土している。


指月城は1592年、秀吉が建てた隠居所が

 始まりとされ、4年後に地震で投壊。

その後、このあたりに豊臣、徳川の争いに

 場になる伏見城が造営されている。


今、その歴史の一端がのぞかれるようになったわけで

 都市化が進む伏見の、遠い昔がタイムスリプしている

光景が繰り広げられている。


 このあたりは、桃山丘陵にあり

弥生時代から伏見城、伏見奉行所、幕末の鳥羽伏見の戦地

 戦前の陸軍工兵隊の配置、戦後の米軍駐屯地を経て今日に

至っている。なぜか、政治と戦いの狭間の面影が漂う場所だ。

 先日、この遺跡が一般に公開され

説明会が行われた。

 歴史を絵に書いたようなエリアである。

イタリヤのポンペイみたいに

 保存できれば思うが、国、地方の財政難の折柄

 そういうわけにもいかないのだろう。