山の神のいろいろ | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

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 山の神という言葉はかつて

よく使われたが、最近は

 あまり聞かれなくなったように思う。

山の神は文字通りの意味と

 もうひとつは、自分の妻の卑称または

「恐妻」の意味の婉曲(えんきょく)的表現がある。

話が後先になるが、恐妻の言葉も最近はあまり

 聞かれなくなくなったよう。反対に

愛妻はどうだろうか。スーパーなどには愛妻の名のついた

 寿司弁当が販売されているが。

 もっとも、言葉だけでは判断がつかず、内実は別物かもしれない。

話は脱線したが、山の神が言われなくなくなった背景には

いろんな意味で、昨今は女性の社会的地位が

 飛躍的に向上した結果も影響しているようにも思える。


山の神は、もともとは山を支配するものとして

 農民や漁師に信じられてきた。

また、この反映の信仰登山も各地に見られる。

 有名なところは富士山をはじめ立山、白山、御嶽山、大山など。

しかし、山は高低に拘らず、土着信仰の対象とされてきた。


 全然、話は異なるが山の神は

魚のオコゼが大好物であるという。古くからの

 俗信にもとづいているらしい。

オコゼの形は醜悪だが、美味で知られる。

 それは諺になっている。

「山の神におこぜ見する如し」


いずれにしても、山の神と妻の卑称、恐妻あるいは

 おこぜが好物という、相関関係はよく分からない。

母なる海という言葉はあるが。

 一方で、辞書には母は「物事を生み出すもと」とある。

    (写真は秋の鳥取・大山)