



変人といわれ、郵政の民営化を果たし
何かと、話題をにぎわせた人物。
江戸後期にも、変人、奇人といわれた人がいる。
京都・三条大橋のたもとに、銅像が建つ高山彦九郎。
高山彦九郎(1747~93)は勤皇思想を
説いた草莽の志士。群馬県の出身で13歳で
太平記を読んで感激。18歳の時に京都へ遊学。
蒲生君平、林子平と共に、寛政の三奇人といわれた。
この三人に共通しているのは
旅をする事に無常の喜びを
感じていたという事である。
サノサ節がある。
人は武士。 気概は高山彦九郎
京は三条の橋の上
遥かに皇居を伏し拝み
落つる涙は、 加茂の水
かつて、祇園の芸妓が料亭などで唄っていたらしい。
このように高山彦九郎は
京都朝廷に心を寄せる人で、彼にとっては
天皇は神様であったようだ。
京都に来ると、御所の方を向いてひざまつき
遥拝する習性があった。
幕末の頃には、勤皇の志士たちに
心の鑑(かがみ)といわれていたそうである。
今は、京都も都市化が進みビルなどで
三条大橋あたりからは、御所は見えない。
当時は、見えたのかどうか。
時折、銅像を見かけケータイで
撮影をする人を見かける。
参考 日本史人物事典(講談社)など