黒部峡谷トロッコ~鉄道風景と自然~ | 世情いろいろ

世情いろいろ

日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

 「生命の保障はしません」という鉄道が

過去にあった。

 それは今、黒部峡谷を走っているトロッコ電車である。

もちろん、現在は観光客の為の安全策は万全に

 取られている。昔はそれだけ、谷の深い危険な所を走る

電車のため、念のため取られた措置のようだ。


このようなエピソードを持つ「黒部峡谷鉄道」。

 その自然と歴史を紹介。

黒部峡谷を流れる黒部川は、3千メートル級の北アルプス中央に源を発する。

 険しい黒部峡谷は黒部川の上、中流域に位置する。

谷筋はV字型に深く切れ込んで、危険がいっぱい。

 黒部川は最終は日本海に注ぐ。

豪雪地帯の関係で、水量が豊富で水力発電が行われ

 下流の黒部市にもには名水が湧き出ている。
  

天正11年(1583)には越中領主の

 佐々成正が、今の浜松にいた徳川家康に同盟を求めに行く途中

犠牲を払いながら、冬の黒部峡谷を横断したといわれる。

 今でも登山関係でも危険な所だけに

よくも敢行したと驚かざるを得ない。

 しかし、地形が急峻な所から入山が困難で、黒部峡谷の

歴史資料は少ない。一般の人には「魔の山」と言われていたそうだ。

 トーマス・マンの「魔の山」の日本版か。中身がちょっと違うようだが。


明治に入り登山家で有名な、冠松次郎らによって

 探検が行われ、黒部峡谷の姿が次第に知られるようになる。

他に類を見ない、豊かな水量や急流で水力発電の開発が進む。




この水力発電の工事の資材を、運搬すために敷かれたのが

 黒部峡谷鉄道の始まり。昭和12年7月に

宇奈月温泉と終点の欅平を結ぶ、約20キロのトロッコ鉄道が

 開通する。

鉄道のある黒部峡谷には、3つの水力発電所があるが

 これらの建設の後、戦後には世紀の大工事といわれた

クロヨン(黒部川第4発電所)への建設につながる。


 今は多くの顧光客で賑わう黒部のトロッコ。

冒頭でも紹介したように、昔は切符の裏に

 「生命の保障はしません」と断り書きがあったとの事。

現在では、信じられない事だが、今はATS(自動列車停止装置)が

 設備されるなど安全策が取られている。

深い山と渓谷、残雪、雪渓、川筋に湧く温泉と

 自然がいっぱいの秘境のようにも思える。