



懐かしい気分になる。日本人は
もともと風呂好きのようだ。
生活様式の転換に伴って、銭湯はめっきり
減少してしまったが、残された風呂屋さんで
健在ななところはいくつもある。
全国で風呂屋さんは、約5200軒余りあり
京都市内には、190軒ほどが営業を続けている。
京都は戦災を免れたとこから、昔風の銭湯情緒を
伝える風呂屋さんが多い。また、豊かな地下水に
恵まれた土地柄で、8割の風呂屋さんが井戸を持っているとの事。
大きな湯船につかれば、「寒い京都もいとおかし」らしい。
(京都手帳二00八 光村推古書院)。
ところで、風呂の歴史をさかのぼると。
6世紀に仏教が渡来し、聖徳太子が広めたことは
よく知られたところ。仏教では沐浴(もくよく)の功徳を説き
汚れを洗う事は、仏に仕える者にとって大切であるという
教えがある。この事からか、奈良の東大寺や法華寺には
浴堂が残されており、京都の禅寺の東福寺にも浴室の
伽藍がある。
日本で最初に風呂屋が開業したのは、京都といわれる。
鎌倉時代の終わりには、今でいう銭湯ができ
民間に普及したのは室町時代。
銭湯の話題を豊富にし、爆発的に流行したのは
江戸の町であったという。
南座の顔見世興行に似せて、まねきを上げ
きのう、風呂屋で大衆演劇の公演をした銭湯が
新聞に報じられた。京都の中心の錦市場に近い「錦湯」だが
以前から脱衣場などが、コンサートや演劇の舞台として
利用されてきた。来年には、クラシック音楽の出し物も予定されている。
京都には戦前の建築が残る風呂屋さんが5軒ある。
かっては料理旅館をかねていたり、昭和初期の町家の面影を残すもの
さらにはレトロな模様の造りが残っていたりと多彩。
世界的にも8世紀頃のバグダッドのアッパース王朝時代には
公共浴場が3万近くあり、宗教儀礼などから
発達したものもあったが、その頃は市民の享楽の場所として
喜ばれていたようだ。
これより古いのが、ローマのカラカラ浴場。
日に数千人の浴客があり市民の社交場として
利用さていた事実がある。
話は変わるが室町時代には庶民だけでなく
京の公家たちも風呂屋に通った。
ところが、脱衣場で大事な衣服がまぎれては
困るという事で、一枚の四角な布をいつも用意していた。
これが風呂敷の起源といわれる。俗説であるらしいが。
さて、今年の一年の垢はどこで流すやら。