勝運祈願の神様・石清水八幡宮 | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

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 京都盆地から大阪に向かう要衝の

位置にある石清水八幡宮。(いわしみずはちまんぐう)

 京都府八幡市の小高い男山にある。

木津川、宇治川、桂川が合流する山城平野が

 展望できる。

ここは敵国調伏、武運長久の神様として

 昭和20年の終戦まで多くの民衆の信仰を

集め、早くから神社までケーブルが敷かれていた。

 しかし、戦争がすむと忘れられた存在になったようで

 今は、京都市内の寺社のような人の動きがないようだ。

しかしスケールのある社だ。


石清水八幡宮ができたのは、京都に都が移されてから

 65年目の貞観元年(859年)に九州の宇佐八幡宮を

勧請したのがはじまり。

 以後、この神社で行われた祈願の内容は

新羅来寇がおさまるように祈り、渤海の使いの来貢を報告、

 さらには平の将門の乱の平定を感謝したり、蒙古来襲の平定を

祈願したりと京都を危うくする外敵の退散を祈る事が

 信仰の中心だった。建物のすべては国の重要文化財に指定され壮麗な感じ。

この神社からは京都、山城が一望できるポジションにあり、平安時代の要人が

 鎮護の神としたのも地政学的にもうなずけそうだ。


この神社の境内に、あの発明王のエジソンの記念碑がある。

 エジソンの有名な炭素線電球に使われた竹の繊維がこの近くの

竹であったことに由来する。八幡など山城地方は、もともとすぐれた

 竹の産地。千利休や松花堂昭乗の茶杓や花入れはここの

竹を使われたそうだ。