


本番は17日の山鉾巡行。
ところで、豊臣から徳川時代にかけ
海外貿易で莫大な利益をえた「京の三長者」といわれる
商人がいた。茶屋四郎次郎、角倉了以、後藤庄三郎の三家。
大坂との水運の道を開いた高瀬川の開削者の
角倉了以は特に有名。
茶屋四郎次郎は代々その名を襲名。初代から三代が活躍し
財をなす。時の権力者であった豊臣秀吉から御朱印船の許可を
得て、当時、安南といわれたベトナムとの大貿易商だった。
茶屋家はもともと呉服商だが、貿易では輸出品として
かぶと、よろい、槍などの武具を積みだしていた。
海のない京に貿易商がいたという事は、京が首都の
役割を果たしていた事が大いに関係しているのだろう。
本能寺の変の際、脱出の徳川家康を手助けしたのは、初代の茶屋四郎次郎で
これが機縁となり徳川家のご用達商人になる。
鎖国政策が進むにつれ、貿易はだめにになる。しかし、それまで蓄積された
巨大な財力がその後の京の文化をつくっていく。町衆の祭りといわれる祇園祭の所以でもある。
伝えられるところによれば、祇園祭のあの長大な鉾は鎖国によって
不要になった御朱印船の帆柱を持ってきたものだといわれている。
そんな感じもする山鉾だ。
※ 参照 梅棹忠夫の京都案内(角川ソフィア文庫)
フリー百科事典ウィキべディアなど。
祭りの写真は昨年撮影。