祇園祭の鉾・御朱印船の帆柱か | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

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 京都の夏を彩る祇園祭が7月から始まった。

本番は17日の山鉾巡行。

 ところで、豊臣から徳川時代にかけ

 海外貿易で莫大な利益をえた「京の三長者」といわれる

商人がいた。茶屋四郎次郎、角倉了以、後藤庄三郎の三家。

 大坂との水運の道を開いた高瀬川の開削者の

角倉了以は特に有名。

 茶屋四郎次郎は代々その名を襲名。初代から三代が活躍し

財をなす。時の権力者であった豊臣秀吉から御朱印船の許可を

 得て、当時、安南といわれたベトナムとの大貿易商だった。

茶屋家はもともと呉服商だが、貿易では輸出品として

 かぶと、よろい、槍などの武具を積みだしていた。

海のない京に貿易商がいたという事は、京が首都の

 役割を果たしていた事が大いに関係しているのだろう。

本能寺の変の際、脱出の徳川家康を手助けしたのは、初代の茶屋四郎次郎で

 これが機縁となり徳川家のご用達商人になる。

鎖国政策が進むにつれ、貿易はだめにになる。しかし、それまで蓄積された

 巨大な財力がその後の京の文化をつくっていく。町衆の祭りといわれる祇園祭の所以でもある。

伝えられるところによれば、祇園祭のあの長大な鉾は鎖国によって

 不要になった御朱印船の帆柱を持ってきたものだといわれている。

そんな感じもする山鉾だ。


 ※ 参照 梅棹忠夫の京都案内(角川ソフィア文庫)

       フリー百科事典ウィキべディアなど。

       祭りの写真は昨年撮影。