






天得院。京都・東山の南にある。
もともと花の寺として有名だが
今、キキョウ(桔梗)の青紫や白の花が咲き
見頃を迎えている。秋の七草のひとつだが
夏の初めから開花。
天得院の庭は桃山時代に作くられた苔に
おおわれた枯山水の庭園。しかし天得院は豊臣家没落と因縁の寺。
この寺は南北朝時代の開創。その後、慶長十九年(1614年)に
文英清韓長老が住持(住職)となり、豊臣秀吉と秀頼の学僧として
寵偶される。
秀頼の要請を受け清韓は、大仏のあった方広寺の鐘に有名な
「国家安康 君臣豊楽」の鐘名をつける。これは徳川家を呪詛するものと
家康の怒りを買い、大坂冬の陣の端緒となり豊臣家滅亡につながる。
歴史を変えた機縁を持つ寺だ。「つかねどこの鐘関東へはひびき」と
曲解か因縁をつけられたわけだ。
庭は7月16日まで特別公開中で、今年初めて庭に夜の
ライトアップが行われている。