柔が剛を制す・京舞の威力 | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

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 頃は明治維新。

京都・東三本木の吉田屋で

 長州藩の桂小五郎らが秘密会議を

開いていた時、新撰組の近藤勇らに

 踏み込まれた。当時、芸妓だった

桂の愛人で維新後、桂の夫人になる

 幾松は桂らを階下の穴倉に逃した。

そのあと、幾松はひとり部屋で゛京の四季゛を口ずさみながら

 舞を舞っていた。思わず、息を呑むようなきびしい

舞姿にさすがの近藤勇も、言葉なく立ち去った。

 桂は危機を逃れたわけだが、気品と優雅の伝統を持つ

京舞が柔よく剛を制したこうしたエピソードが残されている。





 京舞は、都をどりや鴨川をどりとして春に

一般公開されている。これらの踊りは

 首都が京都から東京に移るのに伴う京都の活性化対策の

一環として開催された博覧会のアトラクションが始まり。

 この博覧会は日本で初めてのもので、明治5年に

西本願寺、知恩院、建仁寺の3つの寺院を会場にして行われている。

 京舞には東間流(とうま)、篠塚流などがあったが

明治に入りなくなり、いま残っているのは井上流だけ。

 井上流の初代井上八千代は、寛政の頃から皇室や公家の稽古に行き

近衛家の知遇を得て、八千代の名前と井菱の紋を贈られる。

 四代目井上八千代は昭和30年に無形文化財に選ばれている。

そして五代目井上八千代は安倍内閣の「美しい国づくり」の

 企画会議のメンバーに加わり提言を続けている。

 ※ 古い踊りは明治の頃。舞台の踊りは節分の奉納(八坂神社)。

参考 京都故事物語(奈良本辰也編 河出文庫)