







勝は江戸生まれで通称麟太郎。長崎海軍伝習所で修行。
万延元年に、咸臨丸艦長としてアメリカへ渡る。その後
軍艦奉行となり、神戸海軍操練所長を務める。海軍の生みの親的存在。
この頃に、勝が住んでいた家が今も
神戸・兵庫区の五宮町に残っている。
当時、このあたりの庄屋だった生島四郎太夫の
別邸跡。兵庫の町で偶然知り合った勝と生島は
意気投合。勝はここをしばらく住まいにした。
幕末の風雲児で操練所の塾頭の坂本竜馬も、この邸宅を幾度も
訪れたといわれる。操練所からここまでは徒歩で1時間は所用しただろう。
一方、勝がつくつた神戸海軍操練習所跡は
神戸港にすぐ近い、今の神戸税関の西側にある。
モニュメントが置かれているが先の震災で
崩壊した後も見られる。
平安時代末の平清盛は福原京を開くなど
京都と神戸は何かと縁が深そうだ。
※参考 日本史人物事典(講談社アルファ文庫)など。