意識がない義母を1日でも長く生きていて欲しいと一人っ子の旦那さんは自宅の近くの大きな病院に施設から義母を移動して貰うことになりました


施設の先生から病院へ連絡して貰うと了承して下さり施設の方が付き添い病院まで移動して下さいました

旦那さんは仕事が忙しく午前中は仕事をして午後早めに私が車で迎えに行って病院に向かいました

義母はとりあえずICUに入院して検査となりました


義母は体力が落ち自分で食べることも話すことも目を開くことも動くこともありませんでした

検査をしても癌が見つかっても高齢で進行することはないらしくただ心臓が動くから点滴で生きている状態でした

毎日私が面会に行って声をかけても、旦那さんが今日は来ますよと伝えても全く反応はありませんでした

ある日、娘が孫を2人連れて面会に来てくれました

○○君と△△ちゃんが来てくれましたよ

と言ったら目を開けたのです‼️

毎日通った嫁にも大好きな息子にも反応しなかったのに😅

何ヶ月ぶりかに目を開いた義母を見ました

幼い孫がウロチョロするのを目で追っていました

その後はまた眠っているようでした

それが義母が目を開いたのを見た最後でした


身体を維持するには栄養は必要なので首の動脈から高栄養の点滴を常時入れていく方向になりました

1ヶ月生きるか、1年、2年生きるかはその人の生命力だと言われました

急性期の患者ではないので転院を勧められて市内の少し大きな病院に転院しました


耳だけは聞こえていると聞いていたので私は毎日声をかけに病院に通いました

辛いですね

しんどいですか

頑張って下さいね

と声をかけていました


1ヶ月後の朝、病院から危篤状態なので早めに病院に来るよう連絡がありました

旦那さんは朝食後直ぐに病院に向かいました

その日は秋分の日でお墓参りの予定でした旦那さんから連絡があり

今すぐ何かあるようではないからお墓参りに行って来て欲しい

と言われました

墓花やお供えの準備はしていました

息子と2人でお墓参りを済ませてお昼のお弁当を待って私は病院に向かいました

お弁当を病室で2人で食べて義母を見守っていました

時折辛そうな息使いをするので看護師さんに聞きましたがもう意識もなく痛みも辛さも感じてはいないので心配はないと言われて安心しました

夕方になる頃義母は静かに息を引き取りました

入院してから亡くなるまで時間があったので私は看護師である娘に聞いて準備していました

亡くなった後病衣から着替えさせて貰う浴衣を義母の箪笥から出して用意して旦那さんに持って行って貰っていました

契約している葬儀会社の連絡先をスマホにメモしていました

死後の処置が始まり待ち時間に旦那さんに了解して貰い葬儀会社に連絡しました

子供達にも連絡して時間と場所を知らせ私の出来る事はしました


一人っ子の旦那さんの大切なお母さん

とても辛い思いだったとは思います

でも義母の事はちゃんと自分で決めて葬儀を済ませました


同居して12年、義母を見送ったら寂しくなるのかなぁ、後悔したりするのかなぁと思っていましたが全くありませんでした😅

義母の部屋を片付けて畳を張り替え、襖を張り替え障子を張り替えて、和室のテーブルを買い仏間としていつ誰が来られても対応出来る様になりホッとしました


旦那さんは一人っ子ですから誰にも文句や愚痴を言われることもなく平穏な日常を送れる様になりました


プライドが高い義母の介護はストレスもあり大変でしたがなんとか私の出来る事はしたので後悔はありません


でも半年もしないある日、実家の母から連絡がありまた介護が始まったのです😅