市川左團次丈が逝かれた⋅⋅⋅

 

 

写真は「毛抜」の粂寺弾正。

 

ご自身の襲名披露の昭和54年と、

平成6年の納涼歌舞伎の、

生涯でおそらく

2度演じていると思います。

 

 

それ以外ほとんどの舞台では、

主役を引き立てる

脇役に徹しました。

 

大柄で、ややかすれた声が特徴で、

舞台に登場すると、

すぐに分かりました。

 

 

「仮名手本忠臣蔵」では薬師寺。

「俊寛」では瀬尾。

「助六」では髭の意休。

大柄な体つきが、悪役にぴったり。

 

「熊谷陣屋」の弥陀六。

「碇知盛」の弁慶。

何とも言えない味わいがありました。

 

「夏祭」の釣船三婦では、

歳は取っても

昔の任侠気質を忘れない老人。

錦絵のような美しさまでありました。

 

見た役は、

書き尽くせないほどたくさん。


この演目のこの役は左團次丈

という、安心して見ていられる

役者さんでした。

 

 

近年は体がままならないことも

あったようですが、

2022年もほぼ毎月のように

舞台に立たれていました。

 

12月の團十郎襲名口上では、

休演した松本白鸚丈に代わり、

市川家代表として挨拶を

立派に勤められました。

 

その前月、11月の襲名口上では、

「團十郎は伸びしろがない、

子息の新之助を贔屓に⋅⋅⋅」と、

冗談とも本音ともつかない言葉を⋅⋅⋅

 

このユーモアとシニカルさが、

左團次丈の真骨頂と言えるでしょう。

 


 一時期、アメブロを

なさっていたこともありました。


 

これまで

たくさん楽しませてくださり、

ありがとうございました。

 

ゆっくりお休みください⋅⋅⋅

 

と申し上げたいです。