今月歌舞伎座で上演の、
「お染の七役」に寄せて、
「お染久松」の物語を扱った作品を。


「道行浮塒鴎(みちゆきうきねのともどり)
浅草の大店のひとり娘のお染は、
親の決めた縁談が嫌で家を飛び出し、
隅田川の土手までやって来ます。
その後を恋仲の丁稚の久松が追いかけて来て、
家に戻るようさとしますが、お染は聞き入れません。
そこを通りかかった女猿曳は、
二人が噂のお染と久松であろうと察すると
歌祭文に事をよせ意見をします。
そして二人の気を引き立てようと万歳の様子をみせ、
その場を後にします。
しかし、二人は別れることができず、
心中の覚悟を決め去っていきます。
〈歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人」より〉


この演目はもとは文政年間に成立した、
「鬼若根元台」という演目の中の一部だそう。
現在はこの道行のみが、舞踊として
独立して上演されています。


〈清元の歌詞より〉
〽今も昔は瓦町 名代娘のただ一人
⋅⋅⋅もとは大坂の出来事だったお染久松の事件を、
この演目では、江戸浅草の瓦町に移しています。

〽お染はじっと顔を見て
〽小さいときから生なかに 
手習いまでも一つ所
何やら草紙に書いたのを 
そなたに見せて問うたれば
恋という字と言うたのを
⋅⋅⋅お染は一途な思いをかきくどきます。

〽朝湖が筆を写し絵に 真似て三升の彩色も
三筋は足らぬ猿曳が
⋅⋅⋅猿曳とは
猿回しの芸を見せる、門付けの芸人。
初演の折には
七代目市川團十郎が演じたので、
成田屋の紋である
三升を唄いこんでいるようです。

ここに東の町の名も 聞いて鬼門の門屋敷
瓦町とや油屋の 一人娘のお染とて
〽家の子飼いの久松と 忍び忍びの寝油を
親たちや夢にも白絞り
⋅⋅⋅祭文という門付け芸にこと寄せて、
さりげなく二人を戒めます。
この祭文はお染の家の家業、油屋から
「油尽くし」になっています。

猿曳も立ち去り、
しかし二人の心中への決心は変わらず⋅⋅⋅
〽顔見合わせて目は涙 
今は二人もつかの間に 弥陀の御国に隅田川 
蓮のうてなの新世帯 いざ言問わん都鳥 
あしと橋場の明け近き はや長命寺の⋅⋅⋅



私の観た、「道行浮塒鴎」。

2016年10月
お染⋅⋅⋅中村児太郎
久松⋅⋅⋅尾上松也
女猿曳⋅⋅⋅尾上菊之助

中村芝翫襲名披露の月でした。
児太郎は成駒屋のご祝儀として、
大役だったと思います。


1991年9月
お染⋅⋅⋅坂東八十助(十代目三津五郎)
久松⋅⋅⋅尾上梅幸
猿曳⋅⋅⋅坂東三津五郎(九代目)
十代目三津五郎の女形は珍しい。

八代目坂東三津五郎十七回忌追善の演目。
この演目はお染久松とは言いながら、
猿曳の芸を舞踊で見せるのが主眼かもしれません。

三津五郎家はこういった、
流浪の芸を見せる舞踊が得意。
「越後獅子」、「傀儡師」、「靱猿」などが
思い浮かびます。

このときの夜の部に「傀儡師」が出され、
こちらは八十助長男(現⋅巳之助)の初お目見え。



1990年4月
お染⋅⋅⋅中村松江(魁春)
久松⋅⋅⋅澤村藤十郎
女猿曳⋅⋅⋅中村雀右衛門(四代目)