秋のこの時期、「放生会」(ほうじょうえ)という宗教儀式があります。
殺生を戒めるため、鳥や魚を放つ儀式です。
今でも京都の岩清水八幡宮や福岡の筥崎宮などでは
盛大に行われているようです。

私はお寺の幼稚園だったので、
「ほうじょうえ」、「たんじょうえ」、「ねはんえ」
と、わずかに聞き覚えがありますが、
今の私たちにはあまり縁がない行事かもしれません。
でも、昔の人にとっては、もっと身近な行事だったのでしょう。

そんな放生会の風物を描いた舞踊が、
「吉原雀」です。
歌舞伎公演でもたまに上演されることがあり、
何度か観たことがあります。


舞台は江戸吉原仲之町、鳥売りの夫婦連れが現れて、
陰暦八月十五日に行われる放生会の由来を聞かせる、というものです。

「鳥売り」という職業は、捕まえた鳥を籠に入れて売り歩きます。
その鳥を買った客は、空に放ち仏の加護を得るというもの。
季節限定の商売です。

鳥売りの男女はまず、放生会の由来を語ります。

♪およそ生けるを放すこと 人皇四十四代の帝 元正天皇の御宇かとよ
養老四年の末の秋 宇佐八幡の託宣にて 諸国に始まる放生会

…と、厳かな曲調で踊り始めます。
しかし、すぐにくだけた調子になり、
遊廓の描写や男女の駆け引きの様子を踊るのが、歌舞伎らしいところです。

♪その手で深みへ浜千鳥 通い慣れたる土手八丁
口八丁に乗せられて 沖の鴎の二挺立 三挺立
素見ぞめきは椋鳥の 群れつつ啄木鳥格子先
叩く水鶏(くいな)の口まめ鳥に 孔雀ぞめきて 目白押し

…遊廓の客や遊女を鳥に例えています。

最初の写真が鳥売りの女の小道具、鳥籠です。
こちらが鳥売りの男の小道具です。肩に担いで登場します。

平成2(1990)年歌舞伎座で上演されたときの筋書からの画像です。
鳥売りの男は中村福助(現・梅玉)さん、
鳥売りの女は中村児太郎(現・福助)さんでした。

「吉原雀」は長唄の曲ですが、
この筋書によると、このときの公演は清元で演奏されたようです。
長唄と清元では歌詞が多少違うところがあるようで、
清元の場合は曲の最後に、ちょぼくれがあるようです。
それが「鳥づくし」のおもしろい歌詞になっています。

♪吉原雀の雛から飼われて 山雀小雀の嘴なんぞで
手練の初音を聞いてもくんねえ
うそ鳥ゃないとの日文の駒鳥 そこらの目白が見つけて鶺鴒
約束雲雀は昼でも葦切 ちょっと格子 かおどり出せとは
さりとはひわ鳥 鴬の 魂胆秘密は手管のくだかけ
奇妙鳥類 籠の鳥

…ほとんど、駄洒落のようですが
何種類の鳥が詠み込まれているでしょう。