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snow of spring

趣味とか独り言。



「第二の佐村河内か」とまで言われて避難の集中砲火を浴びている本件に関して。


ここ数年の早稲田は結構な問題を起こしている気がしますね。


そのくせに反省してる様子がないから呆れます。


閑話休題。
万能・難病の治療・医科学の前進と大きく持て囃されたSTAP細胞が大きな転換点を迎えています。

リーダーである小保方氏の博論がコピペだったとか云々。。。


修論だろうが卒論だろうが、先行研究はおもにコピペが多いです。
「定義」や「研究方法」という「一般的な事実」とされているものは、
同じ研究分野の先行史のまとめなので、そこまで叩かれることないんじゃないかと思いましたが・・・

よくよく記事を読むと
・ネットからの引用
・20ページにも及ぶコピー
・引用元を明記していない
・画像の切り貼り        らしいです。


うーん…引用元を明記していないのはまずいですね。
それは「盗用」や「剽窃」に当たるので必ずオリジナルではないことを明記する必要があります。

画像の切り貼りは…データの捻じ曲げに近いので、グレーというよりも黒かもしれない。



昨日のNHKのニュースで高田馬場近辺の学生にインタビューしていましたが、

「授業レポートでコピペ提出しただけでもバレるのに…」

と学生さんが話していました。


そうなんです、「類似度判定」というシステムがありまして、


ネットからの引用(コピー)を判定できます。

いまどき学生のレポートでさえ、コピペはダメだという認識が広まっているだけに、
なぜ博論レベルのものがこんなお粗末な結果になってしまっているのか……


もちろんこれは小保方氏だけの責任ではなく、

博論を受理した大学側、指導教員側の責任でもあります。


しかし、いかに指導教員が論文を読んでいなかったかが分かる事例ですねw


実際、修論や博論を読まない教員は多いです。


膨大な量のデータや研究成果、先行研究なんかにイチイチ目は通しません。

口頭試問でも、訊ねられるのは、結論部分と今後の展望に関してだけ、っていうことも珍しくない。


思いっ切りその弊害が出た結果がこれですね。



そして早稲田は再発防止になにをするかというと、


“博論を提出するうえで、必要な書類をひとつ追加する。
本論文が盗用・剽窃でないことを指導教員が確認したという、確認書類である。”



ああ、もう、なんてお粗末www




こういうことをやっている限り、根本的な解決は程遠いんだろうなとしみじみ思います。





STAP細胞ですが、
存在するのか否かという信憑性自体が問われています。

医科学の進歩のためにも、小保方氏にはもういちど挑戦してほしいし、
そのうえで、事実を証明してほしい。


此処で諦めることがあるようなら、

それこそ、無駄な研究になってしまう気がするので。


STAP細胞・理研会見 喝采一転「未熟」と断罪 野依理事長「徹底的に教育し直す」

産経新聞 3月14日(金)21時54分配信
 「未熟な研究者」。午後2時過ぎから始まった理化学研究所の会見には、ノーベル化学賞受賞者でもある野依良治理事長らが出席。苦渋の表情で、STAP細胞の論文の責任者である小保方(おぼかた)晴子・研究ユニットリーダー(30)を断罪した。

■予定になかった野依理事長の出席

当初、野依理事長の会見への出席は予定されていなかった。「最も重要な会見だろうと思い、出ることにした」。理由を述べた野依理事長は会見の冒頭、「おわび申し上げる」とほかの出席者とともに約10秒間にわたり、頭を下げた。

約4時間にわたって続いた会見の大部分は200人を超える報道陣との質疑応答に割かれた。調査が継続中のため、STAP論文の作成にあたって故意の不正があったかについて調査委員会は結論を先送りした。

その後、調査の詳細や小保方氏の様子について次々と質問が飛んだ。

報道陣の質問は、STAP細胞が本当に存在するのかという点に集中した。だが、小保方氏が所属する発生・再生科学総合研究センターの竹市雅俊センター長は「第三者による検証を待つしかない」と繰り返すばかりだった。

小保方氏の早稲田大時代の博士論文の画像がSTAP論文に流用されたのではないかとの指摘には、委員会は「同一のデータと判断せざるを得ない」と指摘。野依理事長は「未熟な研究者がデータをずさん、無責任に扱った。徹底的に教育し直さないといけない」と憮然(ぶぜん)とした表情だった。

竹市センター長も「論文の体をなしていない」と話し、小保方氏らに論文を撤回するよう求めたことを明らかにした。その際の小保方氏の様子について、竹市センター長は「心身ともに相当消耗した状態で、うなずくという感じだった」と振り返った。

■「少し楽観的にみていた」

1月末のSTAP細胞作製成功の発表からわずか1カ月半。論文への疑義が指摘され始めた当初、理研は研究成果について「揺るぎない」としてきたが、最近はトーンダウンしていた。会見では「少し楽観的にみていたことは否めない」(川合真紀理事)と判断の甘さを認めるに至った。

会見が終わったのは午後6時過ぎ。論文に関する疑惑やSTAP細胞の存在の有無に関する疑念は最後まで晴れることなく、会見終了間際まで質問が続いた。


予報を見ると



今夜から明日に掛けて雪のマークがついています雪



先日は休日だったので良かったですが、



明日は週の中日なので、普通に出勤ですあせる



果たして通勤・通学に影響が出るかは定かではありませんが、



少し早めに起きた方が良いのは事実ですね。







明日はとにかく滑らないように気を付けます。。。



先週火曜日に雪が降ってひとり盛り上がっていましたが



週末、大寒波がやって来て、再び派手に雪が降りました雪雪雪




もう積もりに積もって




雪だるまだってできちゃいました雪雪雪




イメージ 1

ちなみに手作りではありませんw






寒くて路面凍結でなんども転びましたが






とても充実して、楽しかった1日でしたw


昨日は春先のような温かい天気だったのに、


今日はうって変わって寒いのなんのって



都心でも雪が降るかもしれないと予報では伝えていました。



でも、関東の天気予報って、


毎度おなじみの「降る降る詐欺」なんですよねw



雪が降るよ!降るよ!通勤中滑らないようにね!電車のダイヤ乱れるよ!気をつけてね!!




あとは「台風が来る来る詐欺」



台風が来るよ!でかいよ!雨風注意してね!電車が止まるよ!速めに行動してね!!




だいたい騒ぐだけ騒いで空振りなので、今回も大丈夫だろうと思っていたら……







雪!!!




今回ばかりは本物の雪が降っています!!ww







積もるような雪ではなく、




ミゾレに近いような感じですが、




真っ白くて冷たい雪が降って来ています雪雪雪




テンションが無駄に上がりますねぇ~





しかし寒いです。。。




いまからご帰宅の方、お出かけの方はお気を付け下さい。。。
実家に帰省したらやることのひとつ


それはラーメンを食べに行くこと!



というわけで今年も車を走らせて「風来軒」 http://www.furaiken.co.jp/ へ



濃厚な豚骨スープが絶品。


脂っこくはなく、マイルドな舌触りにひひ


九州といえば

博多豚骨ラーメンが有名ですが、


それとも少し違うスープで、臭みなく美味しい豚骨です。




ですが


今回は変化球ということで、黒胡麻担担麺を注文ひらめき電球




イメージ 1


で、でかい。。。



想像以上に器が大きくて深い。


たっぷりに乗せられたネギ、ででーんと転がった玉子、スープを埋め尽くす黒ゴマ。


とりあえずスープからいただくことにナイフとフォーク



やはりベースは豚骨。


ひき肉と黒胡麻で香りも際立ち、ピリッとくる舌触りが良い。




中太麺と絡めてずるずるいただきます。




これがまたおいしい!!



こってりとした豚骨ベースですが、ピリッとした辛さが食欲をそそり、無心で喰らう!



だが、人一倍辛さに弱いハル太……



中盤過ぎて辛さにやられ、水の量が増え、残り1/3時点で箸が止まるwww




こ、こんなに美味しいものを



残してたまるかああああああ!!!




と最後までがんばりましたw







いやしかし、美味しかったです。




ご馳走様でした!





やなせたかしさんがお亡くなりになるとは……


94歳という大往生だとは分かっていますが…寂しいですね。


アンパンマンといえば、日本の子どもたちならだれでも知っている正義の味方。


私も小さいころはよくテレビで観ていました。


最初はアンパンマンではなく、

アンパンを運ぶ、パン屋さんが主人公だったんですよね。


やなせさんの絵や話は、


意外と大人にもグサッとくるような内容が多かったのを覚えています。


皮肉というか風刺というか、大人こそ読むべき絵本なのかもしれませんね。


ご冥福をお祈りいたします。





<やなせたかしさん>アンパンマンの生みの親、94歳で死去

まんたんウェブ 10月15日(火)15時0分配信
 「アンパンマン」などで知られるマンガ家、絵本作家のやなせたかし(本名:柳瀬嵩)さんが13日午前3時8分、心不全のため都内の病院で死去した。94歳。遺志により、葬儀は近親者のみで行っており、後日しのぶ会を予定している。

【写真特集】舞台あいさつでは毎回自作の歌も披露…… ありし日のやなせさんの姿
 やなせさんは1919年東京都生まれ。高知県で少年時代を過ごし、東京高等工芸学校卒業後、高知新聞社、三越宣伝部を経て、53年フリーに。マンガやラジオコント、テレビ番組の脚本、映画雑誌の批評などさまざまな分野の仕事を手掛ける。61年には童謡「手のひらを太陽に」の作詞を手掛け、73年には月刊絵本「キンダーブック」に「あんぱんまん」が初登場。88年にはテレビアニメ「それいけ!アンパンマン」の放送が始まり、89年には劇場版アニメ第1作「それいけ!アンパンマン キラキラ星の涙」が公開され、その後毎年新作が公開されている。
 また、2000年に日本漫画家協会の理事長に就任、12年からは会長を務めたほか、11年の東日本大震災後は復興支援活動にも尽力した。今年は画業60年、絵本「あんぱんまん」出版から40年、テレビアニメ、劇場版公開から25年にあたり、11月には「やなせたかし大全」がフレーベル館から発行される予定。(毎日新聞デジタル)
 ◇「大切な道しるべ喪(うしな)った」 アンパンマンの声を務める戸田恵子さん
 やなせ先生こそがアンパンマンそのものでした。いつでも優しさで私たちを包んでくださり、分けあうことを教えてくださった。ただひたすらありがとうございましたと感謝を申しあげるしかないのですが、今は決して無くしてはいけない大切な道しるべを喪った感覚です。悲しすぎて全く力が入りません。合掌。

昼休憩中になんとなくネットを見ていたら



「女子サッカーFWワンバック選手結婚」




という見出しが飛び込んできました。



ワンバック選手といえば、
女子サッカーの強豪国、アメリカの名プレイヤー

国際大会に置いて幾度となく頂点に立つアメリカの絶対的選手と言っても過言ではありません。


へぇー、そんな選手が結婚するんだーひらめき電球


そのときは見出しを見ただけでスルーしましたw



で、さっき帰宅しテレビをつけると夕方のニュース。



「アメリカ女子サッカー・ワンバック選手、同性婚」






なにいいいいいいいい?! Σ(゜Д゜;)



これは想定外でしたw



慌ててネットで検索すると、ちゃんとヒットしました。



お相手は、同じチームメイトだそうです。




かねてから交際していて、このたび結婚することになったようで。



これはおめでたいニュースじゃないですかキラキラキラキラ



同性にせよ、異性にせよ、


好きな人といっしょに居られることはシアワセだと思います。




もちろん賛否両論あるかもしれませんけどね。



単純に気持ち悪いってぶった切る人もいるでしょうし。。。




アメリカをはじめ、諸外国では同性婚(あるいはパートナーシップ法)が認められています。



日本では認められていませんが、



日本で施行するのはまだ早い、って気もしますね。



法の整備の前にやることがある気がします。





法が整っても、差別や偏見がなくなるわけじゃないしあせる




しかし今回は素直に



ワンバック選手の結婚をお祝いしましょう。



おめでとう!お幸せに!!



女子アメリカ代表FWワンバックがチームメイトと同性婚 ハワイで挙式

ISM 10月10日(木)13時1分配信
 現地時間9日、女子米国代表のアメリカ代表FWアビー・ワンバック(33)が、ウエスタン・ニューヨーク・フラッシュ(アメリカ)のチームメイトであるサラ・ハフマンと結婚した。

ワンバックは自身のツイッター上で「サラと私は、皆さんのすべての愛情とサポートに対し感謝の意を表します。これ以上の幸せはありません。すばらしい一週間でした」と、結婚を報告し感謝を綴っている。

米サイト『TMZ』によれば、ワンバックとハフマンはハワイで挙式を行ない、アメリカ代表のチームメイトであるFWアレックス・モーガンらも参加したという。

女子サッカーの王者アメリカでエースを務めるワンバックは今年1月、2012年度の女子FIFAバロンドール(年間最優秀選手賞)を受賞。昨夏のロンドン五輪でも日本を破ってアメリカの金メダル獲得に貢献し、同大会のMVPにも選出された。




ちょっと気になったのでニュースから。


半沢直樹が空前の大ブーム、という言い方は語弊があるかもしれませんが
今期のドラマでは間違いなく当たりでした。

正直面白かったし、スカッとした。
上司にあんなことしたら速攻で首は飛ぶだろうけど、
なにより、厚い信頼で仲間や部下とともに闘う姿がぐっときました。

恋愛ドラマも嫌いじゃないですが
たまにはこういう社会派があっても良いじゃないか。

社会派ドラマは面白くても最後の最後に失速するっていう
妙なジンクスが(自分の中で)あったので

今回はかなり高評価です。

ただし原作通りとはいえ、
なぜあの結末なのかを説明せずに終わったことは微妙ですけどね。

あからさまに続編や映画化を意識してるような終わり方だったので…


あの結末になった理由を明言すれば綺麗に完結したんでしょうが。


さて若干趣旨がずれてきましたので本筋に。



このドラマでも大うけだったのが

片岡愛之助さん演じる金融庁の黒崎。

オネエである。

ちなみに最終回では
政略とはいえオネエが結婚したことに、おいおい、良いのかと笑いましたが。



とかくそのオネエが受けています。


空前のブーム、というとやっぱり語弊がありますがw


歯に衣着せぬ毒舌が受けている印象ですが

まあ消費されているんだろうなという感じはしますね。


こういう研究をやっていた身としては

いろいろ考えざるを得ないんですが。



表舞台に出ることが悪いとは思わないけど、


ああやって目立つことで、オネエ=××というような印象が独り歩きしてしまうのも事実。



声を上げない、上げられないマイノリティたちが肩身が狭くなる。というようないつもの結論に行き着いてしまうんですよね。




マジョリティからすれば


オネエは楽しい存在かもしれないですね。


あの毒舌は的を射ているし、


なにより「自分たちとは違って、自分に素直に生きている人間」という対象を見るのは楽しい。



それは羨望であり、一方で

ああなりたくない、という蔑みの感情でもある。



自分たちと異なるものを見るのは、楽しくて、怖くて、分からない。



オネエたちは基本的に騒がしい存在だから、まあ近くに居るだけなら楽しいでしょうね。


これがゲイとかレズビアンになるとまた話しが違ってくるんでしょうけど。



あと最近考えるのは


権利を主張するかしないか、みたいなところかなと。


オネエとして売っている(語弊を恐れず言えば)人たちは

自分たちの権利をあまり主張しない気がする。



ある程度確立されているからかな?



だけど、ゲイやレズビアンたちにとって、現代社会は生きづらいから
××してほしい!××は反対!というように主張せざるを得ないのかもしれない。


まあ全部のマイノリティがそうじゃないんですけどね。



マジョリティからすれば


あの権利の主張は鬱陶しい。



自分たちには半分関係ないし、


うるさいし、


日陰者がなに言ってんだw というような印象さえある。




結局


自分たちに関係するか否かなのかなあと思います。




オネエたちは自分たち(マジョリティ)に危害は加えない。



ただ社会に毒舌吐いて、面白いことも言う。


バラエティで弄っても明るく返してくれるし、多少ひどいことをしても笑える。




まあそう考えると



ずいぶんひどいもんだなと苦笑せざるを得ないですけどね。





ああ、また着地点を見失いましたw


<オネエ>なぜもてる? 日陰の花から毒舌ヒマワリに

毎日新聞 9月26日(木)13時13分配信
http://amd.c.yimg.jp/im_siggqnJBOA4sv.8.H8zvdKVhwA---x200-y133-q90/amd/20130926-00000003-maiall-000-4-view.jpg
生放送終了後に談笑するタレントで「女装家」のミッツ・マングローブさん(左)とTOKYOMXの番組「5時に夢中」の大川貴史プロデューサー=東京都千代田区で2013年9月20日午後6時2分、内藤絵美撮影
 ◇テレビの「便利屋」で本望よ

いまやテレビにオネエは欠かせない存在らしい。バラエティー番組には引っぱりだこだし、ドラマ「半沢直樹」では歌舞伎役者、片岡愛之助さんが濃いオネエキャラを演じてもいた。かつては日陰の身であったオネエ、どうしてそんなにモテる?【鈴木琢磨】

【伝説のゲイバー「吉野」のママはこの方】

目にした瞬間から気になって、気になって。東京ローカルのテレビ局「TOKYO MX」の情報バラエティー「5時に夢中!」。月曜から土曜まで、その日の新聞記事を俎上(そじょう)に日替わりコメンテーターがぶっちゃけトーク。下ネタもたっぷりで、深夜、新宿のバーで飲んでいる感じ。そんなスタジオで、ひときわ異彩を放っているのが、女装コラムニストのマツコ・デラックスさん(40)と、女装家のミッツ・マングローブさん(38)、2人のオネエたち。

なんでも、このマイナー局の、このマイナー番組こそ大ブレークしたマツコさん、ミッツさんのホームグラウンドとか。で、うわさの担当プロデューサー、大川貴史さん(41)を東京・半蔵門のMXに訪ねた。元結婚式場で、階段は大理石、たった一つのスタジオは喫茶ルームを改装している。「うち、ホント、予算がなくてね。2005年にスタートしたころはスポンサーもなし。じゃあ、どこにも気兼ねしなくていい、どうせだれも見てないんだからと開き直って、文化人ギャラで出演してくれる人を集めたんです」

すべては合縁奇縁。「予定していたゲストが出られなくなり、当時司会者だった徳光正行さん(徳光和夫さんの息子)がマツコさんを教えてくれたんです。彼のいとこがミッツさんで、マツコさんと大の仲良しでね。でも会社の上層部は、どうしてオカマなんかみたいな反応ですよ。いつも本番が終わると、近くの居酒屋でくだらない話をずっとしてました」。ウマがあった? 「うーん、僕も会社じゃマイナー扱いで。それに僕、高校、大学と野球部で、女性とすら接してなくて新鮮だったんです。鋭い言葉に目からウロコ。しかも嫌みがない。そう、治外法権なんですよ。オネエは」

治外法権とは言い得て妙である。アシスタントとして出演を控えていたミッツさんに聞いた。「私たちってサービス精神は旺盛だと思うわ。それに尽きる。1投げたら、10返ってくるのが使い勝手いいんでしょ。便利屋として使われているのは知っている。本望よ。でも、それって作り手の怠慢なんじゃないの」。ちゃんとオネエがテレビで受ける理由を見透かしている。

さて、そもそもオネエなる呼び方はどこから? 伝説のゲイバー「吉野」のママ、吉野寿雄さん(82)にうかがった。「戦後すぐ、銀座にブランスウィックってカフェがあったの。三島由紀夫さんの小説『禁色』のモデルになったところで、私も出入りしてたの。ゲイボーイのたまり場なのよ。そのころからオネエって耳にした。歌舞伎からきたんじゃないかしらね。主役級じゃない女形さんのことをオネエさんと言ってたわね」

やさしい笑顔が途切れたのは戦中を振り返ったときだった。「私たち学生は隅田公園に連れていかれて、木銃を手に突撃訓練をやらされる。私は声のトーンが高いから、えーいーっ。すると先生が男は男らしくしろ、とびんたを浴びせる。戦後はようやくオネエとして生きられるようにはなったけど、あくまで隠花植物。これ、コメディアンの三木のり平さんに言われた。まだ芸者の格好して歩いていたら指をさされ、化け物扱いされていたのよ。でも、世も変わるのね、隠花植物どころかヒマワリになっちゃった」

◇メリハリない社会の「異物」なの

隠花植物の話をしたら、ミッツさん、しみじみ。「私たちがこうしてやれるのも吉野ママら大先輩のおかげ。大変な戦いだったと思うわ。みんな負けちゃったから」。そして自らをミドリムシにたとえた。「光合成して、とりあえずフンを垂れ流して。それで毎日、生きながらえればいいって気持ち。だから、すっごく飽きっぽい。テレビに出たりするの、そろそろいいかなって感じたりね」。メディアにピエロとして消費されていくことへの不安ものぞく。最近、ブログに書き込んだ。

<今回の「東京五輪決定」に際して、幾度となく、「え? なんでもっと喜ばないんですか? 嬉(うれ)しくないんですか?」と言われました。正直ちょっと気持ち悪いと思いました。(略)私は、手放しで喜んでいる場合ではない現実を踏まえた上で、嬉しい気持ちも、楽しみだという気持ちも、招致委員の方たちよかったね~という気持ちも、でも、お祭り騒ぎはちょっと面倒くさいなという気持ちも、そうは言っても、新しい国立競技場のデザインは変なんじゃ…?という気持ちも、いろいろ入り交じっていますし、そういうもんだと思うのですが>

「アハハ、IOC(国際オリンピック委員会)総会での猪瀬(直樹東京都知事)さんのヘンなジェスチャーとか見てると、私、もうついていけない。日本人の感情表現ってそうじゃないでしょ。つくづく敗戦国ね。アメリカナイズされちゃって。そこまで迎合しないと、オリンピックも招致できないの」。ハラハラするが、感じたことを口にしているまで。治外法権を振りかざしているわけでもない。

「いつしかヒダのない世の中になったでしょ。私たちって異物なの。メリハリのなくなった社会で悪目立ちするってこと。よく素直に生きていてうらやましいとか、勇気があってかっこいいとか言われるけど、自分ではそうなりたいと思ってないでしょ。そんなもんよ。人間ってぶつかるとか、迷い込むとか、さまようとか、そういうことが必要なの。ヒダのない世の中はつまんない、本気でひっくり返そうって時代になれば、私たち、お役ご免なのよ」

では、オネエに毒舌を吐かせておしまいにする社会は変わる? 「さあね。四、五十年はこのままいっちゃうでしょう。矛盾するんだけど、オネエが素直に受け入れられてしまう健全な社会っていやなのよ。吉野ママみたいにオカマが差別される時代への逆行もいやだけどね」。そんな自問をくり返し、ひねくれ者のミッツさん、そしてオネエたち、今日もどこかのスタジオで「だけどさ……」と予定調和になりがちな空気をまぜっかえしているに違いない。

ひょっとして空前のオネエブーム、この国が、日本人が臆病になってしまった証左かもしれない。われわれメディアの萎縮もまたしかり。
2020年のオリンピックが

東京で開催されることに決定!!


いまから7年後


僕もそこそこ良い年齢に達していますが


きっとなにかの種目は観に行くでしょうww




前回の東京五輪は1964年ですので、実に50年ほど前のことです。



両親が幼いころ、東京オリンピックが開催されていました。


きっとミーハーな僕らの両親は


2020年に東京に観に来るんじゃないかと思っていますが、どうでしょう?w


ただし、喜んでばかりもいられなくて



たくさんの解決すべき問題もはらんでいます。




いわゆる「フクシマ」の問題

復興の問題

経済問題

環境汚染問題


たくさんの課題を抱えつつも


安倍晋三首相は威風堂々と質問に答える。



日本の政治家がよくやる「ごまかし」は一切ない



退かずに思うことを話す。





外交力。




それが象徴されるようなプレゼンだったかなと。




さて今回の東京プレゼンの映像を観ました。

いわゆるPR動画ですが



確かにちょっと若者向けだったかなという気はしました。



就活でよく企業が学生に見せるような


短いイメージが瞬間的に出てくる映像。


多くの情報を叩きこまれて


学生をはじめとした若者はあの映像は抵抗なく見られますが



少し上の世代には不評だったかもしれません。


なにをアピールしたいのか分からないって言われても仕方ないかもですね。




とはいえ「若者」である自分には分かりやすい情報だったですね。



今回の東京誘致の成功のカギは


最終プレゼンだったとロイター通信は伝えています。



政治家たちの思惑には興味はありません。



しかし



日本が50年振りのオリンピック開催地になったことは誇るべきだと思います







日本よ

さあ、いこうか―――

巨匠の引退、ですか。


まあ数年前から最後にする、という話はなんどか聞いていたので

さほど大きなショックを受けることもなく


そうだよなー、という印象の方が強いです。



後継者の不在、という話は幾度も囁かれていて


だれかが育つまでは椅子から立ち上がれないんだろうなと感じていました。


宮崎駿監督の御子息、宮崎吾郎監督の初作品である「ゲド戦記」は相当な酷評を受け、

駿監督自身が、息子をモデルにした映画「崖の上のポニョ」を制作するほどです。


つまりその段階では

息子を後継者とは思えなかったわけです。


そもそも息子さんが映画監督になったことを、「自分への反抗」と捉えていたので


最初から彼を後継者にするつもりはなかったのかもしれませんね。



そして2年後、「借りぐらしのアリエッティ」が公開。
企画・脚本は宮崎駿が手がけるものの、監督に座ったのは新人の米林宏昌。(通称マロ)

確かに駿さんがかかわっていることもありましたが、
この作品、私は結構好きです。


ストーリー自体は分かりやすくて単純なものの、

キャラクターの成長や、共生という問題、生と死を恋愛物語に上手く絡めてなかなか良いなあと思いました。


そして翌年

宮崎吾郎監督の2作目「コクリコ坂から」が封切られる。


この作品は原作ありきで、企画も駿さんが仕切っているものの
なかなか面白い内容になっていて爽やかなラストを迎えました。

原作の漫画も読みましたけど、
個人的には映画の出来の方が良いかなって感じはします。


コクリコ坂からの方は前作のゲドに比べてかなり好評に迎えられています。



後継者問題がどうなるかは分かりませんが、



少なくとも作品を見る限りはスタジオジブリはだいじょうぶかなあと思います。




とりあえず

おつかれさまでした



<宮崎駿>長編映画製作から引退へ 「風立ちぬ」が最後の作品に

まんたんウェブ 9月1日(日)20時46分配信
http://amd.c.yimg.jp/im_siggELWCkEXGk4oNMuIMm1hICg---x153-y200-q90/amd/20130901-00000012-mantan-000-7-view.jpg
長編映画の製作から引退することが明らかになった宮崎駿監督
 「風の谷のナウシカ」「千と千尋の神隠し」など数々の人気アニメを手がけてきたスタジオジブリの宮崎駿監督が長編映画の製作から引退することが分かった。同社の星野康二社長が、開催中の「第70回ベネチア国際映画祭」の会見で明かした。半世紀にわたってアニメに携わり、監督としても約40年活動し、世界中の子どもたちやアニメファンに夢を与えてきたが、現在公開中の「風立ちぬ」が長編映画として最後の作品となる。

【写真特集】カリオストロからラピュタ、トトロ、風立ちぬまで……宮崎監督が関わったジブリアニメ
 宮崎監督は、1941年生まれ。63年にアニメ制作会社の東映動画に入社。間もなく頭角を現し、高畑勲さんらと「太陽の王子 ホルスの大冒険」(68年)などを手がけた。その後、いくつかの制作会社を経て「アルプスの少女ハイジ」(74年)、「未来少年コナン」(78年)などに携わり、「ルパン三世 カリオストロの城」(79年)で初めて劇場版アニメの監督を務めた。「風の谷のナウシカ」(84年)でアニメ作家として広く知られるようになり、85年にスタジオジブリを設立。「天空の城ラピュタ」(86年)、「となりのトトロ」(88年)、「もののけ姫」(97年)など数々のヒット作を手がけ、2001年の「千と千尋の神隠し」は、アカデミー賞の長編アニメ賞やベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞など数々の賞を受け、興行収入も国内歴代最高の304億円を記録した。
 「崖の上のポニョ」(08年)以来5年ぶりの監督作品となった「風立ちぬ」は、実在のゼロ戦の設計者、堀越二郎の生涯と、堀辰雄の小説「風立ちぬ」をイメージした作品。公開から6週連続で観客動員ランキング首位を獲得しており、37日間の累計で動員640万人、興行収入80億円を突破している。宮崎監督は、初めて自分の映画で涙を流したことを告白。鈴木敏夫プロデューサーも同作品を「宮崎監督の遺言」と発言するなど話題を集めていた。(毎日新聞デジタル)