【雑記】 たけしとタモリ。 | せっちんの地獄へズンドコⅩⅩ(怒)!

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うひょぉぉぉおおおずぐげらびんぼえええっ!


何事も言いたいことを言わしてもらうとだいたい揉め事になることが多いのだが言いたいことを言わしてもらったらやはり揉め事になったのだ。そもそもは呑み屋のおやじと古い映画の話でチャップリンとバスターキートンになったのだがおれは笑かす風貌で人情話までおよぶチャップリンより笑わすことだけに特化したドタバタ喜劇の”ストーンフェイス”なバスターキートンをがぜん推したのだが呑み屋のおやじはバスターキートンじゃなくて益田 喜頓しかしらなくてまるで話にならんてかお笑い芸人の話に進んだのだがタモリが面白いと思ってるおれははっきりいっておれははっきりいってビートたけしとか面白いなぞてんで思わん。ツービートのころだっててんで漫才のていをなしてねーし立川んとこで落語やらしたってかつぜつが悪りーからなに言ってんだかわからんしんなの致命的だろ。そもそもたけしはてめーが天才だと思ってやがるから数学だのニュースだのにも出やがるくせに萩本欽一”きんちゃん”に向かってお笑いなのに芸人なのにチャリティーとか人情に訴える番組に出んのはおかしいとか抜かしやがってしたらたけし、てめーもお笑い芸人だから映画作ったりすんのやめて一生フルチンでいやがられ畜生が。やっぱし無駄に気負ったりせずに自然体で笑かすタモリは凄いのだ。彼を発見した赤塚不二夫の漫画にはオチがねーのは有名だがタモリの芸にもオチはない、やりっぱなしのやり逃げなのだ。そこんとこが凄い。はっきり言ってオチは様式であってギャグは過程が面白いのだから誰もうまいこと言って〆ることは望んでいない。とりあえずタモリの芸に〆があったとすれば赤塚不二夫の葬式のときに何も書かれてない白紙の弔辞を手に自分は赤塚不二夫の作品のひとつだとのたまったことだ。赤塚の作品のひとつである己が赤塚の人生にオチをつけたのだ。この謙虚さがタモリそのものなのだ。タモリは自己の完成を急ぐたけしと違って老いてもなお伸びシロがある。タモリはこれからもタモリなのだ。さんま 酒の肴には半身でいいな、脂がクドいんだよ。