そのころ霧渕博士は、温度が上がっていく研究室から逃れるため、敷布に包んだ一郎太君を背負って、土蔵の二階へ続く階段を昇っていました。とにかく、まだ氷塊が残っている霧渕博士の浴槽に、一郎太君を避難させるためです。
雷鳴が轟き、稲妻が走るたびに、一郎太君は声にならない呻きをあげて怯えるようで、霧渕博士は赤錆が浮いた重い鉄扉を開き、脇にランプを置いて浴室へと入っていきました。
「もう、すぐだ……すぐの辛抱だぞ、一郎太……」
ごぶっ……霧渕博士本人も、かなりの疲労に滝のような汗をかき、なにか黒いものを口から吐き出しました。
「私の浴槽に……フランク・シュテルンが調合した薬品に、浸けてやるぞ……」
霧渕博士は一郎太君を抱えて、ゆっくりと氷塊が浮いた浴槽に入れました。
「…ごふぅう……あごおぉぉ……」
がらん、がらんと氷がぶつかる音に混じって、一郎太君の呻き声が漏れ聞こえました。
「ようし、一郎太……良い子だ……表面の細胞が、分解してきたか……じきに、痛痒感がはじまるだろう……少しの辛抱だ……我慢するのだよ……」
霧渕博士が、巨大な円筒形の容器に付いた蛇口を捻ると、つん、と刺激臭がある薬品が流れ出しました。
「ぜっ……ぜっぜ……ぜんぜぃ……」
一郎太君が語りかけると、霧渕博士は再び口から黒いものを大量に吐き出しました。
「おごっ、ごぼっ! 落ち着いたか……一郎太。痒くても、我慢するんだぞ……すぐに、すぐに感覚が……なくなるはず……」
霧渕博士は浴室から出て、後ろ手に鉄扉を閉めると傍らのランプを取り上げました。ランプに照らされたその顔は憔悴しきり、老人のようにやつれ果てて頭髪は真っ白でした。そして崩れるように腰を落とし、両手で喉を掻き毟ったのです。
「……あ……あ! 熱い……か、身体が……」
雷鳴が轟き、一瞬の稲妻が霧渕博士の顔を明るく照らしました。博士の瞳は白いところがなく、真っ黒になっていました。
次第に雷鳴の間隔は狭くなり、雨は滝のような豪雨になっていきました。ぼくはその豪雨の中、街の外れにあるくず鉄置き場で、まさにくず鉄を漁っていました。
「くそっ……くそっくそっ、くそっ! ないよ、どうすんだよ! くそっ、夜が明けてしまうじゃないか!」
汗、油、疲労でぼろぼろのぼくは、片っ端から鉄くずを放り投げ、様々な機器の表面を引き剥がし、冷房装置に使えそうな部品を探していました。
やがて雨は上がり、雲の切れ間から昇りかける陽光がうっすらと見えてきました。