そもそも”自粛”ってーのは自ら進んで行動や行いを慎むことだから、
人様にそれも半ば強制される”自粛”はぜんぜん”自粛”じゃねーのだ。
未だにネオンをチカチカさせてるパチンコ屋とか、
立場を勘違いした暴言恫喝が多い政治家とか、
本来の意味で”自粛”しなくちゃダメなんだろーけど、
まるっきし世間の空気が読めてねーよーだからな。
放火されたり背中刺されたりしてもいーんなら好きにしろ。
ってなことでこればっかしは石原都知事も選挙を目前にしてトチ狂ったか、
上野の桜並木の提灯を節電すんのはいーとして、
花見までやめろやめてしまえとかのたまうのは大きなお世話だろ。
ここんとこの自殺まがいな”自粛”ブームに嫌気がさした都民のみなさんは、
やっぱし無意味に自ら進んで花見を慎むなんざあ
あまりにもバカバカしいってーのがよくお分かりで、
もう朝っぱらからご覧の通りの場所取りにご苦労さんなのだ。
んでもって上野動物園もチャイニーズが送り込んだ、
背中にチャックがついてるチキチキバンバンじゃなくて、
インチキパンダのお披露目なのだ。
ゲートの前はクレイジーな混雑を見込んだ準備が済んでいたのだが、
パンダがいて花見があって大麻とトルエンを密売してるイラン人がいて、
これで立派な春の上野公園なのだ。
ずいぶん昔にどこかで読んだのだが、
桜の下には死体が埋まってるってな有名な詩があって、
それとは関係ねーのだろーが戦国時代のその昔、
戦で死んだ仲間や理不尽な事情で殺された親族など土葬にした後に桜を植えて、
それを愛でながら故人を偲ぶ習慣があったとか。
すべからく花見は墓参りと同じ意味を持つ特別なことだったのだ。
この話しの真偽や時代考証とか知らねーし、
んなヤボなことはどーでもよくて、
残された者が救われる話だと思って記憶してたのだ。



