【祝!】 怒涛のブログ444回ゾロメ記念! 更には本日2月2日はにゃーにゃの日っ。
これが一部ケータイでは観れないってなことになってて大変なのだ。一部ってーのは姉っ☆はなんかケータイで観れたらしーじゃん。おれのPHSでも観れなかったのだ。
なにが悪いんだ。フルチン、シャブ、大麻、血便のどの表記が悪いんだよ、はっきしりしろアメブロ、人間のクズ。今すぐ自殺して人生やり直せ。
ってなことで節分は心に引っかかるのだ。
ガキの幼少のころ、鬼は外に追いやって服は兄貴のお下がりじゃねーのと思っていた心の行方で、無闇に豆を投げていた節分、おれのバカで酔っ払いの親父がよせばいーのにコミカルな赤鬼を脱いで、「ノートルダムのせむし男」のリアルなゴムマスクを被って、ご丁寧に背中に枕かなんかでせむし男のコブを作る念の入れようで迫ってきたのだ、夜更けの豆まきの家族団らんのひと時に。
火がついたよーに泣きじゃくるおれに、いい気になった親父は「うらっ、うらあああっ!」って迫ってきて、絶望寸前のおれはガキとは思えない力で豆を投げて、親父にぶつけまくって、親父はよっぽど痛いのか逃げるフリをしているのか、とにかく豆をぶつけまくったのだ。
したら親父はゴムマスクを脱いで、「痛てーじゃねーかこの野郎、いい気になんじゃねーぞ!」と叫んで向ってきたから、別の意味で怖くてじゃんじゃん泣いたのだ。
豆まきは嫌いなのだ。
神社の節分で豆やチョコや小銭まで投げて、それに群がる群衆を眺めては、まだ戦後は終わってないと確信した小学三年生シニカルな心の闇だったのだ。
大豆と落花生と、どっちが節分なんだろ。
落花生のほうが掃除してそのあとカラむいて喰えるか。