暖かくなってまいりまして、桜の可憐な花も見目麗しく、バカやキチガイが包丁もって走り回ったり、線路にヒトを突き落としたり、とても遣り切れない今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
気が付けば、電車の中はイヤッホー、フフー、フヘホヘーとか奇声を上げて走り回るガキや、ママッ、ママッ、お薬ちょうだいっ、ぬるぬるした子馬が近づいてくるんだよ! とかぼざく、どーみても三十面さげたオツムだけガキの特殊なヒトとかいて、おれは遣り切れないのだが、春休みか。
おれは人殺しはしたことないけど、殺したいヤツは山ほどいる。
もちろん殺したくなる理由はある。
個人的な問題であり、感情であり、そいつのツラだったり言動だったり、他人からみればツマんねーことだよ、ああツマんねーことさ。
ものの例えじゃなくて、大げさじゃなくて、マジで殺意を抱く一瞬を正直に感じたことを述べただけなのだ。
前に、おれは季節の変わり目にちとおかしくなるのは、躁じゃねーの。とか書いたのだが、まあ、それはそれとして、身近に仕事してる連中とか、電車の隣に座っている口が臭いオヤジとかも、気候の違い、季節の変わり目とか同じ条件でおかしくなってるのは確実で、早い話しが仕事の相方連中も明らかにちとおかしいのがいるわけで、おれみたいに攻撃的になるのもいれば、逆にトロくなってチンタラチンタラしてるのもいるのだ。
んなもんだから、それって一種の特殊相対性理論が働くので、お互いが加速、または減速して見えるので始末が悪い。
なんの話だっけ。
誤解を承知で言わせてもらえば、殺意があって理由があって殺す殺されるは人間のすること、知性のあるヒトがすることなのだ。
殺意もなく理由もなく殺す殺されるは…………残念ながら、人間にしかできねーだろうな。
もはや弱肉強食の動物連鎖に例えることさえナンセンスとなった現実は、これからも自分勝手な悲しい結果しかないのだろうな。
殺してみたかった。そんな理由で殺されるほうはたまらんし、どーせなら理由や感情の爆発があったのなら、あったのならまだ救いは……あったか……。
ゲームやマンガその要素、資質、原因、に当たるとはいわない、とはおれはいわない。
暴力的なゲーム、マンガ、アニメ、映画がこんなガキを作り出した要因で原因なのだ。
おれが言いたいのは、この世の金属バットがなけりゃあ金属バット殺人なんかねーよ。
無防備なプラットホームに凶暴な電車が猛スピードで走りこんでくる危うさと非常識に気付けば、そこでヒトを押してみよーとか思わねーよ。
5人戦隊ナントカレンジャーは、五人に役割をつけて一人をイジメ廻すヒントには、確実になっている。
「ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団」とか松本仁志の「大日本人」みてーなもんだ。
江戸時代は現代と比べりゃあ、もっと若モンが人殺してたけど、そんときにも妖刀の伝説とか、土地の曰くとかあったろ。
ってかもっと情報が妖しい時代だったからな。
くそ、こんな世間が忌々しい。
明日は始発でヤボ用なのだから寝る。