幸せ家族計画! -22ページ目

幸せ家族計画!

しがないいち新生児科医のプライベートなブログです。

前回までの編集を半泣きで終えて、相棒のJUNちゃんに聴かせたところ、「同じ空間にいる感じがしない」と一蹴されました。。。。こんにゃろう。

というわけで、今回はさらに、ほぼすべてのセリフに「リバーブ」というエフェクトをかけています。カラオケ用語でいう「エコー」のこと。トンネルで話したときの残響、あれがリバーブです。純粋な「リバーブ」というエフェクトは、恐らく残響効果のみを指すのですが、僕が使っているのは他にも色々な成分が混ざった総合空間プロデュースとでも名づけたくなるようなリバーブです。

具体的には、残響効果に加えて、音の跳ね返る壁までの距離、跳ね返す壁の材質が堅いか柔らかいか、なめらかかでこぼこか、壁がどれくらいの周波数の音をどれくらい吸収するか、低音がどのくらい響くか、無限遠に飛んでった音が返ってくるいわゆる「やまびこ」がどのくらいあるか、そのやまびこの音はどのくらい飛び交っているか、などなど。

まあ正確にはこれらのことが表現できるらしいというだけで、実際は色々な数値をいじって耳で聴きながら設定していくわけなので、大したことは出来ません。跳ね返る壁の材質が堅いとどんな残響になるのかなんて素人の耳で分かるはずないしね。。。

自然界では理論的には、室内だろうが室外だろうがかならずリバーブというものは存在しているで、すべての場面に合わせてリバーブをなんとなくで作っていきます。そしてそれをその場面のすべてのセリフを統合したものに一度にかけます。動物園のような開かれた場所では、誰にも分からないくらいにうすく、トンネルのようなところではぐぁんぐぁん鳴るように深く。

リバーブ自体はあるかどうかわからないくらいにうすくかかっているだけでも、これでかなり「一つの空間っぽさ」は出てきます。たぶん。いや出ていると信じよう!

そして、おまけとして、マスタートラックにハイパスローパス(聴こえないくらい低いor高い周波数をカットする)をかけます。そうすることで、セリフごとの不自然な周波数のばらつきが緩和され、まとまりがでます。たぶん。w

というわけで、ようやくこれでセリフ編集の基本が完成です。あとは必要に応じてEQやディレイやピッチシフトなどで目立つ演出をつけていけば晴れて物語が出来上がっていくというわけです♪


さて、いよいよ一週間後に公開を控えたボイスドラマ「珍獣ロック

その音響編集のマニアックな話を続けましょう。

前の記事でセリフの音量や周波数バランスを整えたら、今度は同じ場面にいる登場人物が一つの空間で会話をしているように配置していく作業です。これがまた難しい!この段階でいじるのは基本的には音量(ボリューム)と左右のバランス(パン)の二つです。ボリュームを大きくすれば近く、小さくすれば遠く、パンを右にふればに右に、左に振れば左に、声の主が立っているように聴こえます。こうして、前後左右の立ち位置を作って空間に広がりを持たせます。

ただし、ここで注意しなければならないのは、パンをふるということは、左右二つのスピーカーの片方の音量を落とすことと同義だということです。例えばパンを左に100%ふると、感覚的には真ん中にあった音源が左に動いたような感じがするのですが、実際の音量バランスとしては、左100右100だったものが左100右0になるだけで、左側のスピーカーの音量が大きくなるわけではありません。同じように、左に50%ふる場合は、左100右50になります。つまりパンをふるということは、音源の位置を動かしているわけではなく、二つあるスピーカーの片方の音量を削ることで、音源の位置が「動いたような感じ」を出しているに過ぎないのです。そして当然、そのとき削った分だけ総合的な音量が落ちてしまいます。

だから、二人の会話シーンで二人の立ち位置をパンだけで決める場合、その立ち位置を一人を左80%、もう一人を右80%にした場合と、二人ともセンターにした場合では総合的に聴こえる音量が変わってしまいますし、一人をセンター、一人を左80%というように片寄りを持たせたとき、左80%の方の音量が小さくなり、聴いた感じが左80%の人がセンターの人に対して左斜め後方になってしまいます。

単に左右を演出するつもりでパンをいじると、この副作用的な音量の変化により、物語全体のバランスがぐちゃぐちゃに乱れてしまいます。多分これ、何人もの人が何回も何回もやるべきものなんでしょうが、きりが無いので、珍獣ロックはそこかしこに妥協が見られると思います。

そこで、パンをふるときは必ず音量補正をします。センターのとき左100右100だったものが、左80%にふると左100右20になるので、そのままでは左80%の方が小さく聴こえます。そこで、等しく聴こえるように左80%の音量を上げます。どのくらい上げるかは、耳だけがたよりです。聴いた感じが同じになるように、何度も試行錯誤を繰り返します。

と、ここでまた問題が発生します。仮に左80%の音量を50上げると、左100右20だったものが左150右70になります。右に関しては問題ないのですが、左は本来の100を超えて音量があがるわけですから、もともとの音量が音ワレの限界ギリギリだったとき、左スピーカーの音は150の音量に耐えられずわれてしまいます。リミッターで無理矢理押さえ込めば音ワレは防げますが、今度は音質が変わって、臨場感に支障を来たしてしまいます。だから、もともとの音量は多少低めにして、余裕を持たせておく必要があります。いつものラジオに比べてボイスドラマの音量がちっちゃい感じがするのはこのためです。

さて、補正を研究して純粋に左右にパンがふれるようになったら、今度は音量です。音量をいじる目的は、「演出」「補正」の二つに大別できます。

「演出」目的の音量いじりはパンに比べてかなり楽です。遠いものは小さく、近いもの、際立たせたいものは大きくすればいいだけですから。余談ですがこのときコンプレッサーをうすくかけるとより「耳元」に近い感じになり、深くかけると距離感がなくなってナレーションっぽくなります。

続いて「補正」目的の音量いじり、これがとにかくめんどくさい!詳しくは、前回の記事に書いたとおりです。

さてようやくこれでセリフ編集はほぼ完成だ!…「ほぼ」ってことはまだあります。それは次回!
心臓に病気を持って産まれてきた子がいた。高齢出産だったけれど初産だった。つまり初めての子供。待望の赤ちゃん。それがこの病気である。

目立った症状は無かったけれど、一秒後には急変する可能性もあったため、可及的速やかにオペを行う必要があった。生後まだ二日である。両親はどんな気持ちで循環器外科医の説明を受けたのだろうか。その内容はあまりに過酷なものだった。

父親は若くはなく、企業ではむしろ上級の役職についているであろう貫禄の持ち主だった。恐らく普段は周りから敬われ、畏れられているような立場の人間と見受けられるその人は、終始無言で説明を聴き終えると、消え入るような声で「お願いします」と手術を承諾した。

その後、母親の両親も伴って手術室の入り口で我が子見送った。母親は泣きながら我が子に語りかけ、父親はいよいよ涙をこらえられず、部屋の隅で天を仰いでいた。そんな両親の気持ちを知ってか知らずか、赤ん坊は別れ際に大きな声で泣き始めた。その泣き声が別れを惜しむものか、両親を励ますものかは解らないが、赤ん坊の生命は一旦循環器外科医の手に委ねられた。

僕は両親に同調してしまい泣いていた。患者さんのことで涙が出たのは初めてだった。医療者がこのタイミングで泣くのはまったくお呼びでないことなので、必死で隠したが、とても手術を見学することは出来なかった。

結局、手術はうまくいき、いまのところ経過は順調である。

目の前で起こっている生命のドラマに対して、まだ自分が傍観者でしかないことを痛感せざるをえない、そんな出来事だった。