この曲は、NMB48の22ndシングル「初恋至上主義」のカップリング曲です。
1番Aメロ
情けない毎日 ただ腹立たしくて
拳(こぶし)で近くの壁を殴った
その痛みさえも 何も感じずに
同じこと繰り返してる
何があったのか分かりませんけれども、「情けない毎日」というのですから、鬱々とした日々を過ごしているのでしょう。
何をやっても上手くいかない、失敗ばかり繰り返してしまう。
そんな自分の不甲斐なさに打ちひしがれ、終いには自分に対するやり場のない怒りが込み上げてくる。
それで、思わず拳を壁に打ち付ける。
なんだか漫画のようなシチュエーションですよね。
溜まりに溜まったイライラした気持ちを発散させるには、そうするしかなかったということでしょうかね。
ただ、そうした自傷行為に及んでも、痛みを感じないというわけです。
もちろん、その痛みとは身体的な痛みのこと。
つまり、拳を壁に打ち付けて身体的な苦痛を与えようとしても、その痛みが感じられないくらい心が疲弊し麻痺してしまっているということなのでしょう。
そこまで精神的に追い込まれているということを表しているわけです。
1番Bメロ
生きることの全てが上手くいかず
今いるこの世界を壊してしまいたかった
「生きることの全てが上手くいかず」とまで、この主人公は思い詰めている。
その深い絶望感が、自分の属している世界を壊してしまいたいという破壊的な願望を抱かせてしまう。
自分を取り巻くすべてをリセットして、最初からやり直したいということなのでしょう。
1サビ
いっそのこと
(なくなればいい 自分の夢)
消えてしまえ
(初めから見なきゃよかった)
握ってるその指に
滲んでる赤い血は
知らぬ間(ま)に傷ついた現実
楽をして 要領よく
願いなど叶うか
背中は見せないよ
真正面から
「なくなればいい 自分の夢」、「初めから見なきゃよかった」といったカッコ内のフレーズは、心の奥底にある諦めの声ということなのでしょう。
期待するから傷ついてしまう。
それならば、最初から夢など持たなければよかった。
そうした弱音が漏れてきているわけです。
中盤に、「握ってるその指に 滲んでる赤い血は」とありますけれども、これは拳を壁に打ち付けたことによって生じたのでしょう。
その「赤い血」を目の当たりにした瞬間、この主人公はふと我に返ったわけです。
自分の不甲斐なさへの怒りにばかり気持ちが持っていかれて身体的な痛みに鈍感になっていたけれども、この瞬間にその痛みを感じたのではありませんかね。
それによって少し冷静さを取り戻したのでしょう。
そして、打ちのめされて傷ついている今の自分の現実を、ようやく認識することになるわけです。
終盤では、今の自分の現実をしっかりと見据えたうえで力強く決意しています。
近道を通ったり逃げたりせずに、ボロボロになろうとも正面からぶつかっていくしかないのだと。
2番Aメロ
誰のせいでもない 悪いのは自分だ
怒りをどこかにぶつけたかった
目の前の壁を思い切り殴れば
それだけで気がすむのか?
思うようにいかないことを他人のせいにはせず、自分が悪いのだと認識している。
その点だけでも、この主人公はまだマシなのかもしれません。
ただ、そうなると怒りをどこにぶつけたら良いのか分からなくなる。
勢いに任せて拳を壁に打ち付け、自分の身体を痛めつけるしかなくなってしまう。
けれども、一時の感情に任せてそんなことをしてみたところで、現実は何も変わらない。
その虚しさに、彼は気づき始めているのでしょう。
2番Bメロ
やりたいこと やれない人生なんか
歯を食いしばって我慢したって意味がない
この主人公はやりたいことがあっても、思うようにはできていないという状況に置かれている。
そうした現状を考えると、何をそんなにムキになって頑張っているのだろうかと自問してしまうのも当然でしょう。
そして次第に、諦めの気持ちが広がり始めることになるわけです。
2サビ
知ってるよ
(負け犬なんだ 悲しいけど)
楽になろう
(諦めてしまえばいいんだ)
眠れない 長い夜
天井を眺めてた
目尻から涙が溢(あふ)れ出すよ
死ぬまでの何十年
後悔はしないか
もう一度 向き合おう
真正面から
1サビに続いて2サビも、前半は弱音を吐露していますね。
「負け犬なんだ 悲しいけど」、「諦めてしまえばいいんだ」と、諦めへの誘惑が再度頭をもたげています。
そして、「目尻から涙が溢れ出すよ」とあります。
この涙はどういった涙なのでしょうか?
何をやっても上手くいかないことに対する悔しさの涙なのか、自分の不甲斐なさへの怒りの涙なのか。
おそらく、そういった涙でもあるのでしょうけれども、どうしても諦めることはできないという未練の涙でもあるのでしょう。
思うようにいかないことばかりで諦めへの誘惑に駆られてしまう。
それでも諦めたくはないという気持ちが、その誘惑に抗うために涙を流させるのではありませんかね。
今ここで諦めてしまえば楽になれるかもしれない。
けれども諦めたら、この先の人生でずっと後悔し続けることになる。
「死ぬまでの何十年 後悔はしないか」というのは、なかなか重い問いかけですよね。
確かにそう考えると、簡単に諦めるわけにはいきませんよね。
そんなわけで、この主人公は再び立ち上がろうと決意するわけです。
大サビ
暴れたら
(まわりの誰か止めてくれる)
やり直せと
(そう言ってくれるんじゃないか)
いっそのこと
(なくなればいい 自分の夢)
消えてしまえ
(初めから見なきゃよかった)
握ってるその指に
滲んでる赤い血は
知らぬ間(ま)に傷ついた現実
楽をして 要領よく
願いなど叶うか
背中は見せないよ
真正面から
大サビには、1サビや2サビの前半と同様に弱音の吐露があり、その後に再度1サビが続いています。
冒頭の弱音の吐露は、1サビや2サビの弱音とは少々趣が異なっているように思います。
1サビや2サビでは、もう諦めてしまおうかというネガティブな心情の表れでした。
ところがここでは、誰かに気にかけてほしい、肯定してほしい、背中を押してほしいといったような、誰かを頼ろうとする気持ちが表れています。
この誰かを頼ろうとする気持ちは、主人公の孤独や不安を映し出しているということなのでしょう。
そんな孤独や不安を抱えながらも、どうしても諦めたくない。
だから、どれほど不器用であろうとも、前を向いて進もうとしているわけです。
このように弱さと向き合いながら前に進もうとする主人公の姿勢は、曲のタイトルにも通じています。
「真正面」というタイトルは、自分の外部に存在する困難や試練に真正面から立ち向かうという姿勢を表してはいるのでしょう。
けれどもそれ以上に、弱い自分自身から目を逸らさずに直視するという意味合いのほうが強いのではないでしょうか。
誰しも自分の弱さや不甲斐なさなど認めたくもないし目を背けていたいもの。
けれども、それでは自分自身から逃げていることになってしまう。
まずは自分の弱さと向き合い、その脆さを認めること。
その上でなお、愚直に前を向いて自分の人生を生きていく。
「真正面」というのは、そんな不器用な誠実さを表しているのではないでしょうか。
秋元康 作詞, きしまさおみ 作曲, APAZZI 編曲
NMB48「真正面」(2019)
