この曲は、AKB48・チームA「目撃者」公演の構成曲です。
「目撃者」公演はメッセージ性の強い演目であるだけに、構成曲も主張が強めの曲が多い。
そんな中にあってこの曲は、若者の孤独感や不安、そして希望や運命への信頼を描いた、とても繊細な曲です。
公演中盤における折り返しのタイミングで歌われていることもあって、この曲は公演全体のバランスを取るうえで、要の役割を果たしているようにも思います。
1番Aメロ
心のどこかに
1つ ☆がある
運命の人
住んでいると教えられた
「心のどこかに 1つ☆がある」というのは、主人公自身の心の中にある希望のことを指しています。
その希望とは、いつかきっと出会えるはずの「運命の人」のことだというわけです。
未だ見ぬ「運命の人」は、すでに心の中に住んでいる。
子供の頃にでもそう言い聞かされたのかもしれません。
なんだか空想的な話ですよね。
とは言え、孤独の中でこの主人公は、その「運命の人」に心の拠り所を求めようとしている。
1番A'メロ
悲しい時には
天体望遠鏡
空に向けて
まだ見えない
愛を探す
「天体望遠鏡 空に向けて」というフレーズが、実際に天体望遠鏡を覗いている行為を指しているのか、それとも何らかのメタファーとして用いられているのか、判然としないところがあります。
もしかしたら、両方の意味を持たせているのかもしれません。
直前に「悲しい時には」とありますから、そんなときの気晴らしに、実際に天体望遠鏡を空に向けたと考えられます。
その場合、星を探すという行為に「まだ見えない 愛を探す」という想いを重ね合わせているのでしょう。
一方で、現実から目を背けて空想の世界に入ることのメタファーとして、この「天体望遠鏡 空に向けて」というフレーズが用いられているとも考えられます。
その場合、悲しい時には空想の世界に入って、いつか出会えるはずの理想の未来や愛への想いを巡らせているということになります。
いずれにおいても、確かなものを見つけ出したいという切実な気持ちが伝わってくることに変わりはありません。
1番Bメロ
遥か彼方
誰かが気がついてくれたら
時を超えて
いつかは辿り着く
光のメッセージ
夜空に輝く星の光は何光年もかけて地球に届きます。
それと同じように、自分という存在や自分が発しているシグナルも、いつか誰かに届くはずだと願っています。
「光のメッセージ」とは、今すぐには伝わらなくても、いつかきっと相手に届くという純粋な想いを、光に託したものなのでしょう。
1サビ
間違いなく ここにいるよ
目を伏せてても
拒絶しているのじゃなく
不器用なだけ
間違いなく 待っているよ
忘れられても
偶然が
きっと 重なった時
あなたに逢えるはず
目を伏せていて、周りからすると他人を拒絶しているように見えるかもしれない。
けれども、本当は人と関わり合いたい。
誰かに声を掛けられるのを待っている。
内向的な主人公の、そんな不器用さが描かれています。
表面的には人を寄せ付けないようでありながら、「間違いなく ここにいるよ」、「間違いなく 待っているよ」、と心の内では激しく他者を求めている。
たとえ自分の存在が忘れられてしまっても、いつかきっと、何らかの巡り合わせによって、運命の人に逢えるはず。
主人公は、そう強く願っているのでしょう。
2番Aメロ
未来の自分は
どこにいるのでしょう?
しあわせそうに
暮らしてればいいのだけど…
1番では「運命の人」を探している様子を歌っていました。
けれども2番では、視線が「未来の自分」へと向かっています。
将来、自分はどこでどんなふうに暮らしているのか。
果たして自分は幸せになっているのだろうか。
期待はもちろんあるけれども、不安も募ってくる。
2番A'メロ
5年後が見える
天体望遠鏡
覗く勇気
私にない
臆病もの
仮に5年後の未来が見える望遠鏡があったとしても、主人公にはそれを覗く勇気がない。
現実は厳しくて、自分の思い通りにはいかない。
5年後の自分がどうなっているのか、自信が持てなくなってしまう。
果たして自分は何がしかの成功を収めているのか、あるいは幸せになっているのか……。
どうしても自分の将来に対して強い不安を抱いてしまう。
主人公は、そんなふうに臆病になっていることを自嘲しているわけです。
2番Bメロ
遠い孤独
空気も水も存在しない
深い闇に
いつしか横切った
希望の流れ星
空気も水もない深い闇とは、まさしく宇宙空間のことです。
ここでは、宇宙空間という生命を感じられない真空の暗闇に孤独感や閉塞感をなぞらえています。
そして、その絶望的な暗闇の中を「希望の流れ星」が横切ったというのです。
「希望の流れ星」とは、ほんの小さなきっかけや心境の変化、誰かとの出会いの予感、そういったものを意味しているのでしょう。
つまり、絶望の中にも必ず希望の光はあるということです。
2サビ
いつまでだって ここにいるよ
不安になっても
絶望してるのじゃなく
夢は見てるよ
いつまでだって 信じてるよ
一人きりでも
昨日とは
まるで 違う自分に
明日は 生まれ変わる
1サビでは待ちの姿勢、何かを期待している姿勢が顕著でした。
けれども、この2サビでは主体的な姿勢に変化しています。
不安はあるけれども絶望などしていないし、夢も諦めていない。
たとえ一人きりになったとしても、自分自身を信じている。
「いつまでだって ここにいるよ」、「いつまでだって 信じてるよ」というフレーズは、主人公の主体的な意思の表明なのでしょう。
ただ待つだけだった臆病者が、自ら変わっていこうとしている。
主人公はそこで、自己変革への強い意志を示しているのではないでしょうか。
ラスサビ
間違いなく ここにいるよ
目を伏せてても
拒絶しているのじゃなく
不器用なだけ
間違いなく 待っているよ
忘れられても
偶然が
きっと 重なった時
あなたに逢えるはず
逢えるはず
ラスサビは1サビの繰り返しになっていますけれども、最初の1サビとは歌詞の意味合が若干異なっています。
最初の1サビで描かれている主人公は、ただ待っているだけの受け身の姿勢でした。
ところが、2番に入ってからこの主人公は、さまざまな葛藤を経て、未来への不安を乗り越え、明日は生まれ変わると決意するわけです。
その後のラスサビですから、最初の1サビのときよりもずっと力強く、前向きな意味を持って響いてくるのではないでしょうか。
再登場する1サビには、ただ待っているだけではなく、自らが変わることによって運命を引き寄せようとする能動的な姿勢が感じられます。
最後の「逢えるはず」というリフレインは、根拠のない夢物語ではなく、自分自身が前を向くことで、いつか必ず運命を引き寄せられると揺るぎなく信じていることを表しています。
この曲は、1番だけを聴くと、「運命の人」を待ちわびている、つまり未だ見ぬ恋人を妄想する歌のように聞こえます。
けれども、2番を経て最後まで聴いてみると、受動的な待ちの姿勢だった主人公が、自分の未来を信じて能動的な姿勢に変わっていくという成長物語を描いているのですよね。
この曲は、不器用で孤独な人間が自分の未来を信じようともがく姿を、繊細かつ深みをもって描いた作品と言えるのではないでしょうか。
秋元康 作詞, 井上ヨシマサ 作曲, 井上ヨシマサ 編曲
AKB48「☆の向こう側」(2010)
