この曲は、AKB48の59thシングル「元カレです」のカップリング曲として収録されている岡田奈々のソロ曲です。
また、第4回AKB48グループ歌唱力No.1決定戦で優勝した特典として与えられた曲でもあります。
彼女の力強くもどこか切ない歌声が耳に残るロックバラードに仕上がっています。
歌詞の字面だけを追うと、「自分の弱さに打ち勝て」といったメッセージが込められているようにも受け取れます。
けれどもこの曲が岡田奈々への当て書きであり、さらに秋元Pが彼女の卒業の意向を承知していた可能性が高いということを考えると、字面通りの解釈ではなく、少々深掘りしてみる必要がありそうです。
彼女がインタビューで答えていた内容によりますと、2023年の秋に卒業することは、2022年の8月には決定していたとのこと。
実際には、スキャンダルで卒業は前倒しになってしまいましたけれども……。
卒業が決まる前に彼女は秋元Pに相談していたようですから、この曲を作っているときには、彼女が卒業しようとしていることを秋元Pは知っていたか、もしくは勘づいていたのではないでしょうか。
それでなくても、彼女の卒業の兆候は以前からありましたから。
第4回歌唱力No.1決定戦の開催が決まったとき、彼女はこれまでになく早い段階で立候補しています。
今までは、締め切り間際にためらいがちに立候補していたのに。
しかも「ソロ曲が欲しい」、つまり優勝を目指すと明言までしている。
所属グループのために何かを勝ち取るのならともかく、自分自身が何かを勝ち取るなどと口にするのは、彼女にとっては珍しいことです。
なんだか、これまでとは少し様子が違いますよね。
さらに、大会への出場もこれで最後にするとも言っています。
こうしたことからも、もしかしたら、そろそろ卒業を考えているのかもしれないと察せられるわけです。
秋元Pが彼女の卒業の意思を知ったうえでこの歌詞を書いたのだとすれば、その内容は彼女に対して何らかの示唆を与えるようなものになるのではありませんかね。
少なくとも、卒業を仄めかすような内容にはできませんよね。
なにせ、卒業することはまだ公にされていないのですから。
あくまでも勝手な推測に過ぎませんけれども、そうした前提のもと、この曲の歌詞を読み解いてみたいと思います。
1番Aメロ
錆びついたレールの上
月の光が反射してる
どれくらい待てばいいのか
近づいて来る列車の気配
「錆びついたレール」ということからして、これは既に廃線になっている線路の古びたレールを指しているのでしょう。
だとすれば、いくら待っていたところで列車がやってくることはありませんよね。
歌詞で示されている状況を平たく言ってしまえば、そういうことになります。
では、このような状況を提示することで、何を表そうとしていたのか……。
岡田奈々といえば、真面目で完璧主義といったイメージで捉えられることが多いですよね。
その生真面目さゆえに、「こうでなければならない」という固定観念に縛られて、思うように動けないこともあるわけです。
「錆びついたレール」というのは、彼女がこれまで貫いてきたやり方や考え方を指しているように思えます。
そこには、今のままで良いのかという、自分自身への迷いが滲んでいるような気がします。
「太陽の光」には明るくて快活なイメージがある一方で、「月の光」には孤独で冷たいイメージがあります。
そう考えると、「月の光が反射してる」というフレーズは、彼女の孤独な心境を映し出しているということになるのでしょう。
「近づいて来る列車の気配」というのは、変化の兆しと捉えることができます。
その変化の兆しに対して「どれくらい待てばいいのか」と問うているわけです。
これは他力本願と言いましょうか、外的要因によって変化が訪れることを期待しているということになります。
けれども、ただ待っているだけでは、その変化が訪れることはない。
自らが変わっていかなければいけないのですよね。
ここでは、変わらなければいけないという自覚はあるけれども、なかなか変われないという彼女の心の葛藤を投影しているのではないでしょうか。
1番Bメロ
ああ 不安は冷え切った闇の底
永遠と続く一縷(いちる)の望み
試される今
誰にも相談できない。
自分で解決するしかない。
孤独な気持ちから来る不安が、彼女の心の奥底に沈殿していく……。
「一縷の望み」というのは、あまり期待が持てない、消えそうな望みのこと。
それこそ、やって来ることのない列車を、もしかしたら来るかもしれないと待ち続けているようなことですよね。
自分はこのままで良いのか?
待っているだけでは何も変わらない。
自ら動き出さなければダメなんだ。
そうした気持ちが、「試される今」という意識に繋がっていくのでしょう。
1サビ
壊さなきゃいけないものは
目の前にあるものじゃなく
越えられない 無理かもしれないと思う
自分自身の弱さだろう
ただ見上げていたって
その壁が消えることはない
言い訳を考えるよりも
確かに歩いてると
自分を信じることだ
岡田奈々にとって壊すべき弱さとは、一体いかなる「弱さ」なのでしょうか?
おそらくその「弱さ」とは、心の弱さということではないのでしょう。
アイドルになる人たちは、自分の中に理想とするアイドル像を持っているものです。
岡田奈々の場合、それは渡辺麻友ということになるのでしょう。
その理想に近づこうと、それぞれが日夜努力しているわけですけれども、一方で、現実とのギャップに苦しめられることにもなるわけです。
岡田奈々にしてもその例に漏れません。
グループ加入当初は、理想と現実の狭間で散々もがき苦しんできました。
自分のダメさ加減に悩み、何度も落ち込んだりもしています。
けれども彼女は生来の生真面目さで、そんなダメな自分と真正面から向き合い困難を乗り越えてきました。
そして、いつしか「優等生の岡田奈々」という理想のイメージを作り上げたわけです。
そう考えると、彼女は弱い人なのではなく、むしろ芯の強い人なのではありませんかね。
こうして出来上がった「優等生の岡田奈々」は、皆が期待する存在となり、当人もその期待に応えようとする。
けれども、なまじ真面目であるがゆえに、その期待像にも完璧さを求めて、そこに縛り付けられることになってしまう。
そうなると今度は、生身の自分と期待される自分とのギャップが生じることになる。
そこに、彼女自身が居心地の悪さや窮屈さを感じるようになってくる。
だからと言って、皆が期待する「岡田奈々」から外れることはできない。
期待に背いたとき、周りの反応はどうなるのか、自分はどうなってしまうのか、そんなことを考えると恐ろしくなってしまう。
本来の自分を解放したいという欲求がある。
けれども皆の期待には背けないという実直さもある。
その狭間で、彼女は大きな葛藤を抱えることになるわけです。
秋元Pは、彼女のその葛藤を目ざとく読み取ったのでしょう。
それで、この詞を書いたのではありませんかね。
彼女の真面目さが、自分自身を縛り付けてしまって、そこから抜け出せなくなってしまっている。
とどのつまり、強みであるはずの真面目さこそが、彼女の「弱さ」を生み出しているのではないか。
秋元Pは、そう見抜いたのでしょう。
2番Aメロ
始まりは見えないほど
真っ暗な壁が聳(そび)え立ってる
呆然と言葉失い
その壁に手を押し当ててみた
彼女はこれまでにも幾多の壁を乗り越えてきました。
けれども、それらの壁は理想の「岡田奈々」を作り上げるためのものだったわけです。
今、目の前にある壁は、これまでの壁とは違い、その出来上がった理想の「岡田奈々」を壊すことを要求している。
とはいえ、それはとてもリスキーなことであり、大きな不安とともに恐ろしさを感じてしまいますよね。
この壁を越えた向こう側に行けば、もう一つ上のステージで新たな「岡田奈々」としてスタートを切ることができるかもしれない。
けれども、これまでとは勝手の違うこの壁を、どうやって乗り越えていけば良いのか、途方に暮れるばかり。
「始まりは見えない」、「真っ暗な壁」というフレーズは、そうした彼女の恐れや不安を表しているのでしょう。
ただ、そんな恐れや不安を抱えながらも、彼女は「その壁に手を押し当ててみた」わけです。
その得体の知れない大きな壁を自分の手で触れて、確認してみようとしている。
2番Bメロ
ああ 心は風の中で叫んでる
いつも目の前に 訳知り顔で
邪魔する絶望
現実的な完璧主義者である彼女は、何が正しいあり方なのかを常に考えて行動している。
その姿勢こそが、彼女の真面目さの表れでもあるわけです。
けれども、常に正しくあろうと頭で考えれば考えるほど、エモーショナルなパワーは削がれてしまいます。
「訳知り顔で 邪魔する絶望」というのは、まさにこの状況を指しているのでしょう。
理性で自分を律しようとすると、心の奥から湧き上がるアーティスティックな衝動が抑え込まれ、表に出にくくなってしまうという。
本当は、もっと自分のエモーショナルな部分を曝け出したいという気持ちがあるはずです。
けれども、グループの中で皆を引っ張っていく立場、他のメンバーの模範となる存在である以上、正しくあらねばならないと自分を厳しく律してしまう。
2サビ
壊されてしまうものとは
無我夢中でやりたいこと
思い込みを守ろうとすればするほど
真実 見失ってしまう
泥だらけにならなきゃ
美しさに気づかないだろう
思い通りに生きることより
涙が乾く頃に
夜明けはやって来るよ
皆が期待する「岡田奈々」を守ろうとすれば、生身の人間としての彼女が表現したいことは押し殺さざるを得なくなります。
それでも、真面目な彼女は、正しくあるために「優等生の岡田奈々」でい続けようとする。
グループにいる間は、皆が期待する「優等生の岡田奈々」で良いのかもしれません。
けれども、独り立ちしたとき、そのままでは早晩行き詰ってしまうことになります。
そこで、秋元Pはこの曲を通じて彼女に促しているわけです。
完璧であることの呪縛から解放され、正しさではなく剥き出しの自分を曝け出せ、と。
一人の人間として感情に振り回され、泥にまみれ、格好悪い姿を晒してこそ、説得力のある真の表現者たり得る。
そう言っているのではないでしょうか。
大サビ
壊さなきゃいけないものは
目の前にあるものじゃなく
越えられない 無理かもしれないと思う
自分自身の弱さだろう
ただ見上げていたって
その壁が消えることはない
言い訳を考えるよりも
確かに歩いてると
自分を信じることだ
大サビは1サビの繰り返しになっていますけれども、MVでは前半をアカペラで歌っていますね。
歌う力のある彼女だからこそということでしょうか。
後半部分では、壁を越えられない言い訳を考えるのではなく、自分を信じて挑んでみろと鼓舞しています。
「確かに歩いてると 自分を信じることだ」というのは、彼女がこれまで積み上げてきた努力を肯定しているということになります。
「優等生の岡田奈々」を壊すことを促してはいるけれども、決して否定はしていない。
常に正しくあろうとする「優等生の岡田奈々」というのは、彼女が努力を積み重ねて作り上げた、ひとつの作品と言って良いのでしょう。
それは、多くの後輩メンバーから慕われ憧れられる理想のアイドル像でもあったわけです。
それにしても、「優等生の岡田奈々」を壊すということが、図らずもスキャンダルによって体現されることになろうとは……。
しかも、一撃必殺で「優等生」のイメージを粉々に砕いてしまうという。
さすがの秋元Pも思いもよらなかったでしょう。
もしかしたら、あのスキャンダルは通過儀礼のようなものだったのかもしれませんね。
皆が期待している「優等生の岡田奈々」から、業の深い生身の人間としての「本来の岡田奈々」へと脱却もしくは回帰するための。
彼女自身そして彼女のファンにとっては、大きな痛みを伴うことにはなりましたけれども……。
秋元康 作詞, 嶋田啓介 作曲, 野中“まさ”雄一 編曲
AKB48・岡田奈々「壊さなきゃいけないもの」(2022)
