この曲は、HKT48の12thシングルの表題曲であり、これまでグループを牽引してきた指原莉乃にとっての最後のシングル曲になります。
カップリング曲には、彼女の卒業ソングである「いつだってそばにいる」も収録されています。
正式な卒業ソングは、その「いつだってそばにいる」ではありますけれども、この表題曲「意志」も、彼女がセンターを務めており、ある意味彼女のもうひとつの卒業ソングと言っても良いのかもしれません。
詞の内容は、彼女に対する当て書きになっていて、「指原莉乃」という大きな柱がなくなった後に残されるメンバーたちに向けての、彼女からの強いメッセージが込められているようにも受け取れます。
そういった観点からこの曲の詞を読み解いてみると、彼女のアイドルとしての生き様が垣間見えてくるような気がします。

 

1番Aメロ

こんな近くにみんながいても
何を話してるか聴こえないんだ
まるでガラスの壁があるようで
僕だけがそっちを見ないフリしてた

「ガラスの壁」というのは、心理的な断絶を意味しているのでしょう。
取り立てて敵対しているわけではないのだけれども、近くにいても価値観や人生観の違いから心が通い合わない。
とりわけ、既に出来上がっているグループやコミュニティに、ひとり飛び込んできたような状況では、自分だけが浮いているようで、強烈な孤独を感じてしまうことになる。

 

まさに、指原莉乃がHKTに移籍してきた当初の状況を表しているとも言えるのかもしれませんね。
HKTのメンバーからしてみれば、大先輩に当たるような人が、スキャンダルのペナルティとして、降ってわいたように移籍してきたわけですから、どう接したら良いものか戸惑いますよね。
もしかしたら、内心では反発していたメンバーもいたかもしれません。
おそらく、そうしたことを指原莉乃も感じ取ってはいたことでしょう。

1番Bメロ

Why?何が気に入らないの?
Why?僕は僕でしかない
Why?作り笑いを浮かべて
Why?手招きする人たちよ

「何が気に入らないの?」というのは、自分が受け入れられていないことに悲嘆しての言葉ではありませんよね。
むしろ、「僕は僕でしかない」というフレーズが後に続いていることから、ありのままでいる自分に対して不満げな視線を向けてくる周囲に対する皮肉混じりの問いかけなのではないでしょうか。
自分は自分でしかありえないのだから、その自分を変えるつもりはないという拒絶の意思表示とも受け取れます。

 

では、何に拒絶しているのかと言えば、後に続くフレーズ「作り笑いを浮かべて」「手招きする人たちよ」からして、同調圧力だったり仲間内のなれ合いだったりのことに対してではありませんかね。
確かに、「個」を殺して多数派におもねるほうが気が楽ではあるでしょう。
けれども、「個」を確立していて、しっかりと自立している人からしてみれば、大勢に流されるなどということは、決して良しとはしませんよね。

 

思えば、指原莉乃という人も、アイドルではあったけれども、いわゆる王道からは大きく外れた道を歩んできた、良きにつけ悪しきにつけ唯一無二の人ではありました。
それだけに、周囲からの毀誉褒貶(きよほうへん)も激しかったことでしょう。
「アイドルらしからぬ」とか「アイドルのくせに」とかいった言葉は何度となく投げつけられたのではありませんかね。
ときには心折れそうになりながらも、それでも屈することなく孤高を保てたのは、自立した「個」をしっかりと持っていたからなのでしょう。

1サビ

一人きりでも生きていけるんだ
数の問題じゃない
信じていれば強くなれる
何が正しい?(嘘なのか?)
説得なんかされたくはないし
自分は自分でいい
ずっとここから出たくはないよ
人それぞれだ(アイデンティティ)
真実はいつも
多数決じゃない

たとえ孤立したとしても、自分の信じる道を突き進むだけだということでしょうかね。
一見すると、孤立することを勧めていると言いましょうか、孤立することも(いと)わないと言いましょうか、そんなふうにも受け取れますよね。
けれども、おそらくここで言いたいのは、孤立ではなく自立することが重要だということなのではないでしょうか。

 

集団の中に埋もれて大勢に流されてしまうことのない、しっかりとした「個」を確立すること。
そして、なれ合いや同調や迎合に()することなく、一人一人が自分の意志を持ち、お互いに切磋琢磨(せっさたくま)し、自分と、そして集団全体を高めていくこと。
そうしたことが大切なのだということを主張しているのではありませんかね。

 

「自分は自分でいい ずっとここから出たくはないよ」というフレーズからは、自分の殻の中に閉じ籠っているような印象を受けてしまいますけれども、これもそういうことではないのでしょう。
自分は自分であり、他の誰でもない。
その自分が自分であるためのアイデンティティは大事にしなければならないということを言っているのでしょう。

 

ところで、このサビの最後に「真実はいつも 多数決じゃない」というフレーズが入っています。
選抜総選挙がファンの投票による多数決で48グループ内の序列を決めるイベントであることを考えると、その総選挙で4回も1位の座に輝いたことのある指原莉乃がこれを歌っているというところに、強烈な皮肉を感じてしまう。
と同時に、彼女が歌っているからこその説得力も感じる。
ちなみに、その選抜総選挙は、前年の2018年の開催を最後に打ち切りとなっています。

 

アイドルとしてのアイデンティティは、総選挙というファンによる(いびつ)な人気投票(=多数決)の中に見出すものではなく、自分が自分らしくあることの中にこそあるもの。
ここでは、そういうことを言いたいのではありませんかね。

2番Aメロ

僕が初めて思いを寄せた
君をガラス越しにいつも見ていた
何も言葉は交わさなかったけど
いつからか時々 目が合い始めた

ここでの「君」というのは、HKTの後輩メンバーたちのことを指していると捉えることができますよね。
最初はギクシャクしていても、しょっちゅう顔を合わせていれば、人間ですから、次第に情も移ってくるというもの。
そうこうしているうちに、少しずつ心も通い合うようになってくる。

2番Bメロ

No!声を出しちゃダメだよ
No!僕には関わるなよ
No!会話しているだけでも
No!仲間にされちゃうだろう

心が通い始めているとはいえ、指原莉乃としては手放しで喜んでもいられない面もあるわけです。

 

そもそもの移籍の事情が事情なだけに、彼女に対する視線には厳しいものがありましたし、それでなくとも個性の強いキャラクターですから、アンチも少なくはない。
そんな状況で自分と親しく関わるのは、後輩たちにとって、あまり良い影響は及ぼさないのではないかと考えたとしても不思議ではありませんよね。
それこそ、自分のせいで後輩たちまで色眼鏡(いろめがね)で見られてしまうのは、彼女にとっては耐え難いことだったはず。

 

さらには、自分の強い個性に影響されて、後輩たちが自分らしさや自分自身の意志を持つのを阻害することになってはいけないとも考えていたのではありませんかね。

 

そういったこともあって、親しくなりつつも、ある程度の距離感を保つようにはしているところがあったのではないでしょうか。

2サビ

一人きりでも間違っていない
何を反論されても
自分の意見曲げたくない
それがプライド(愚かでも)
妥協なんかはしたくないし
好きなようにするだけだ
君を巻き込みたくなんかない
目を逸らしてくれ(僕から)
そうさ 愛だって
痩せ我慢だ

たとえ孤立することになったとしても、大勢に流されて自分の信念を曲げたりはしないという強い意志が示されています。
そしてこれは、後輩たちに対するメッセージでもあるのでしょう。
一番大切なことは、自分が自分らしくあること。
孤立を恐れるあまり、周りに迎合したり妥協したりしてはいけない。
プライドを持って自分の信念を貫くことが重要だ。
そう言いたいのではありませんかね。

 

このサビの最後には「そうさ 愛だって 痩せ我慢だ」というフレーズがあります。
このフレーズは、指原莉乃のグループ内における難しい立場を象徴しているのではないでしょうか。
他のメンバー同士のようなチームメイトというスタンスに立つことはできませんし、広くグループ全体を俯瞰(ふかん)して、コーチとして指導的役割を担うことが求められてもいる。
それは、1メンバーでありながらも、孤独な立ち位置にいるということでもあるわけです。

Cメロ

変わりたい(それもチョイス)
変わらない(それもチョイス)
自分にとってのプライオリティ
こうでしか(生きられない)
こうでしか(守れないよ)
どう生きたいか意志がある(ごめんね)
ここから遠くで見てるよ

ここのCメロでは、自分自身(指原莉乃)の生き方を語っているように受け取れますよね。
確かにその通りなのですけれども、実は自分自身の生き方を語ることによって、相手(HKTの後輩たち)に対してメッセージを届けようともしているのではないでしょうか。

 

「私がいなくなった後のグループが変わっていっても良いし変わらなくても良い。
ましてや、私のやり方を踏襲(とうしゅう)する必要もない。
自分たちが何を優先するかは、自分たちで決めれば良い。
私がそうしてきたように、あなたたちも、誰かに決められるのではなく、自分たち自身の『意志』を貫きなさい。」

 

そう伝えようとしているのではありませんかね。
少々突き放したような物言いではありますけれども、とどのつまり、それぞれが精神的に自立することをメンバーたちに促しているわけです。

 

「ここから遠くで見てるよ」というのは、自分が去った後のグループがどうなっていくのか、もう自分は口も出さなければ手を貸すこともなく、ただ黙って成り行きを見守ることにするということなのでしょう。
それは、厳しくも優しい眼差しなのではありませんかね。

 

HKTの後輩たちにしてみれば、「指原莉乃」という存在が大きかっただけに、どうしても頼りたくなってしまうし、彼女がいなくなってしまうと不安にもなる。
それをあえて突き放しているのは、グループに成長してもらうためであり、そしてグループに強くなってもらうためなのでしょう。
それが、グループや後輩たちに対する彼女なりの愛の表現なのかもしれません。
「(ごめんね)」というフレーズが入っていることの意味は、そういうことなのでしょう。

落ちサビ

強情だってわかっているんだ
失うものばかりで
それでも僕は歯を食いしばって
孤独でいるよ

孤独を受け入れ、孤高を生きる覚悟を示した言葉ですよね。
ここでも、自身の覚悟を示すことで後輩たちにメッセージを届けようとしている。

 

皆一緒で安心するのではなく、一人で立つ勇気を持つこと。
そして、嫌われようが孤独になろうが、自分の『意志』を貫くこと。
この落ちサビから引き出されるメッセージは、そういったことなのではありませんかね。

 

ラスサビは1サビの繰り返しになっていて、エンディングで「多数決じゃない」というフレーズがリフレインされています。

 

秋元Pという人は恐ろしい人ですよね。
選抜総選挙で女王の座に君臨してきた指原莉乃に「真実はいつも 多数決じゃない」などと歌わせているのですから。

 

選抜総選挙というのは、とどのつまり票数による多数決に他ならないわけです。
その恩恵を最も受けてきた彼女にこう言わせるということは、ともすると自己否定になってしまう。
それだけに、強烈な説得力を持つことにもなるわけです。

 

皆が選ぶものが必ずしも正しいわけではない。
重要なのは、自分がどう生きたいのかという『意志』だ。
周りからどう評価されようとも、あるいは人気がどうであろうとも、自分が正しいと信じる『意志』を貫き通せば、それが自分にとっての真実となる。

 

クレバーな指原莉乃には、おそらくそれが分かっていたのではありませんかね。
つまりこれは、HKTのメンバーたちだけではなく、選抜総選挙に翻弄(ほんろう)されてきた48グループのメンバーたちに向けての、秋元P、そして指原莉乃からの逆説的なメッセージなのではないでしょうか。

 

※引用:
秋元康 作詞, バグベア 作曲, APAZZI 編曲
HKT48「意志」(2019)