この曲は、AKB48の55thシングル「ジワるDAYS」のカップリング曲で、矢作萌夏をセンターとするユニット・Sucheeseのオリジナル楽曲になります。


このユニットは、矢作萌夏の他に、国内6つの48グループからひとりずつ期待の若手メンバーが選抜された7人構成になっています。

ちなみに、顔ぶれは以下の通り。
AKB48・矢作萌夏
AKB48・久保怜音
SKE48・末永桜花
NMB48・梅山恋和
HKT48・渡部愛加里
NGT48・小熊倫実
STU48・石田千穂

 

矢作萌夏のセンター曲は、この他に「NO WAY MAN」のカップリング曲である「最強ツインテール」と、シングル表題曲の「サステナブル」がありますけれども、この「屋上から叫ぶ」はソロパートも多く、矢作萌夏の歌声が比較的しっかりと聴き取れる曲になっているのではないでしょうか。

 

彼女は、第2回AKB48グループ歌唱力No.1決定戦で優勝しているだけあって歌は上手いですし、見かけによらず力強い歌声にも魅力のある人なのですよね。
できれば、もっとしっかり彼女の歌声を聴かせてくれる楽曲が欲しかったところです。
嘱望(しょくぼう)されていたのにもかかわらず、わずか2年ほどの在籍でアッという間に卒業してしまったのは、大変惜しまれますよね。

 

1番Aメロ前(?)

屋上から
青空を見上げ 叫ぶ

後に続く歌詞に「放課後は一人 ここまで来て暇を潰す」というフレーズがありますから、この主人公は学生なのでしょう。
そして「屋上」というのは、おそらく校舎の屋上のことを言っているのでしょう。

 

そんな校舎の屋上に出て見上げてみれば、目に入るのは青空ばかりということですから、とても開放感を感じさせますよね。
この主人公は、そこで一体何を叫んでいるのでしょうか。

 

もしかしたら叫んでいる言葉は、「コノヤロー」とか「チクショー」とか「バカヤロー」とかの(たぐい)なのかもしれません。
そうした言葉に心の内に溜まっているいろいろなものを込め、空に向かって吐き出しているわけです。
そうすることで気持ちをスッキリさせているのでしょう。

1番Aメロ

放課後は一人
ここまで来て暇を潰す
誰かといたって
話すことが見つからない

気を遣うことも
気を遣われるのも苦手だよ
ほっといて欲しい
お願いだ 僕を探すな

ここの歌詞を読んでみると、どうもこの主人公はコミュ障気味の人のようですね。
集団の中にいてもなかなか馴染(なじ)めずに、人と何を話したら良いのかわからない。
校舎の屋上に出て、ひとりで暇を潰している方が気が楽だというのですから。

 

さらには、「気を遣うことも 気を遣われるのも苦手だよ」というのですから、よほど対人関係に(わずら)わしさを感じているのでしょう。
繊細と言いましょうか、はたまた不器用と言いましょうか。
気持ちはわからないでもありませんけれども、なかなか面倒臭い人ですよね。

 

何にせよ、そうしたお互いの気遣いによる(わずら)わしさから解放されたくて、ひとりで屋上に出ているということなのでしょう。
そして、「ほっといて欲しい お願いだ 僕を探すな」と、もはや拒絶の意思表示をしている。
屋上は、この主人公にとって自分の居場所であり、そこで過ごす孤独な時間を侵害されたくはないということなのでしょう。

1番Bメロ

すぐ横の(マンションの)
工事現場
あのクレーンは(いつまで)
立っているの?(辛そうだ)
やりたいことと(微妙に)
やれることとは(違うよ)
わかってるから
僕は窓を割らない

ここでいきなり工事現場の話が出てきますけれども、単に目に映る光景を描写しているのではなく、何かしらの比喩が込められているのでしょう。

 

工事現場のクレーンは、何か新しい建物を造り出そうとしているということで、未来に向けて何かを実現しようとしている若者たちのことを象徴しているのでしょう。
そこには、この主人公も含まれるわけです。
一方で、そこに立ち続けているクレーンは、建設の重労働も表していて、「辛そうだ」というフレーズから、これから社会に出ていく若者たちが感じる重圧感や束縛感をも象徴しているのではありませんかね。

 

そして、「やりたいことと(微妙に) やれることとは(違うよ)」と、この主人公は理想と現実の狭間(はざま)葛藤(かっとう)するわけです。
やりたいことはあるけれども、それがいろいろな条件や状況によってできないこともありますよね。
それに対して焦りや苛立(いらだ)ちを覚えるのが若さであり、「しょうがないよな」と渋々納得して諦められるのが大人ということになるのでしょう。
もしかしたらこの主人公は、自分の限界を感じ取っているのかもしれません。
「わかってるから 僕は窓を割らない」とありますように、どこか諦念(ていねん)しているところが(うかが)われますよね。

 

窓を割るという行為は、何かやりきれない思いを発散させる破壊衝動を表しているわけですから、そんなことはしないということは、この主人公は理性でそうした衝動を抑え込んでいるということになります。
いろいろと思うところはあっても、そのくらいには自制できるほどに大人になっているということなのでしょう。

1サビ

風が好きなんだ
あっちからこっちへと吹き抜けるだけ
何があったって さらりと流すみたいに…
抵抗しないよ
心の隙間をすり抜ければいい
僕たちはいつも 目に見えるものばかり信じるけど
それだけじゃない

この曲では、「屋上」がキーワードになっていますけれども、もうひとつ、「風」もキーワードになっています。
「屋上」は「解放」を象徴し、「風」は「自由」を象徴している。

 

「風」は形を持たず、どこへでも流れて行き、何ものにも捉われない。
ここにあります「抵抗しないよ」というのは、従順ということではなく、どんな出来事も軽く受け流してしまう飄々(ひょうひょう)としたありさまのことを言っているのでしょう。
そんな「風」のようにありたいという願望を、ここでは表しているわけです。

 

「目に見えるものばかり信じるけど それだけじゃない」というのは、物質的なものや分かりやすい結果のような何かしら形のあるものだけでなく、「風」すなわち「自由」だとか内面の感情だとかのような目に見えないものにも価値があるということを言いたいのではありませんかね。

2番Aメロ前(?)

校庭では
叫ばない群れが遊ぶ

「屋上」という開放された空間から、「校庭」という閉鎖された空間に視点が移っています。
なかなか巧みなコントラストですよね。

 

校庭にいる同級生たちが、この主人公の目には、おとなしい「群れ」として映っているわけです。
内面の感情を抑えて、波風を立てないように周囲に合わせている同級生たち。
おそらくこの主人公は、そうした同級生たちのことを見下しているわけではないのでしょう。
ただ、自分はその中に入っていけないし、そんなふうにもなりたくはないと思っているのではありませんかね。

2番Aメロ

錆びた鉄の柵
今の僕の何を止めるのか?
鳥にはなれない
初めからわかってたんだ

「錆びた鉄の柵」というのは、社会におけるさまざまな制約のことを指しているのでしょう。
それこそ学校には、ブラック校則に代表されるような、狭いコミュニティの中でしか通用しない意味不明なバカげたルールがありますし、実は社会に出ても、しきたりや商慣習、業界ルールといったような、もはや時代錯誤でしかない不合理で意味不明な決まり事が腐るほどある。

 

「鳥にはなれない」というフレーズは、そうした社会の中で生きている自分は、結局のところ完全に自由になれるわけではないという諦めを表しているのでしょう。

2番Bメロ

建設に(反対する)
立て看板
何事も(ないように)
色褪せてく(その正義)
この世の中は(あまりに)
単調過ぎて(退屈)
揉め事なんて
時間(とき)が答え出すのさ

正義を振りかざした社会的な主張も、時間が経てば色褪せて無効化されていく。
そんな社会の現実を、この主人公は非常に冷めた目で見ているわけです。

 

そして、「この世の中は(あまりに) 単調過ぎて(退屈)」と、変化に乏しい刺激のない日常に飽き飽きしている。
これはつまり、現状維持が良しとされ、何も変わらない、何も変えようとしない社会に対する不満を吐露(とろ)しているのではありませんかね。

 

「揉め事なんて 時間(とき)が答え出すのさ」というのは、上記の話の流れからすると、いろいろと意見の対立などがあっても、なんとなくあやふやなまま時間だけが過ぎ去って、結局のところ現状が維持されたままになっているということを言っているのかもしれませんね。

 

何にせよ、この主人公は社会の現状に対して、強烈な虚しさを感じているということなのでしょう。

2サビ

風になりたいよ
あっちでもこっちでも好きなところへ
感じたままに自由な僕でいられる
素直になろう
流されるんじゃなく 流れていくんだ
僕たちはいつか 大人への入り口 見つけるけど
拒否させてくれ

1サビに続いて、何ものにも捉われぬ「風」のようになりたいという、主人公の願望を表しています。
その願望が、ここでは一層強くなっていますね。

 

「流されるんじゃなく 流れていくんだ」というフレーズがありますけれども、「流される」というのが受動的な態度であるのに対して、「流れていく」というのは主体的な態度ということになります。
つまり、他者に流されるのではなく、自分の意思に従って自由に動き回りたいということを言っているのでしょう。

 

そしてそのために、大人になることを「拒否させてくれ」というわけです。
大人になってしまうと、社会のルールや立場・役割に縛られて不自由になってしまう。
そんなのは嫌だということなのでしょう。
とは言うものの、いずれ嫌でも大人になっていくことになるわけですけれども……。

落ちサビ

夕陽は沈み
暗闇が
当たり前に
僕を包む

放課後に屋上に出ているわけですから、夕方ということになります。
となると、じきに陽が沈んで辺りは暗くなってくるでしょう。
そうした風景に主人公の心情を投影した情景描写ということになります。

 

「暗闇」は、孤独や不安を象徴しているのでしょう。
ひとりで屋上に出て、好き好んで孤独に浸ってはいるけれども、辺りが暗くなってくると、さすがにその孤独も身に染みてくるでしょうし、寂しくもなってくる。
けれども「当たり前に」とありますように、それはもう常態化していて、そんなことには慣れっこになっているのですよね。

 

ラスサビは1サビの繰り返しになっています。
目に見えないものを信じ、すべてを受け流してしまえる「風」のように生きることが、この主人公が見出した心の自由というわけです。

エンディング

屋上から
青空を見上げ 叫ぶ

曲の歌い出しと同じ歌詞が、最後に再度繰り返されています。

 

この「叫ぶ」という行為は、主人公が常に持ち続けている内面の叫び、つまりアイデンティティの確認と自由への渇望の表明なのでしょう。

 

学校という閉鎖的な場において、唯一開放された空間が校舎の「屋上」ということになります。
そんな開放された場所で叫ぶことは、この主人公にとって、心の解放を意味しているのではないでしょうか。

 

曲調からは軽快な印象を受けるこの曲ですけれども、歌詞の内容は、さまざまな社会的制約と精神的な自由との間で揺れ動く、思春期の切実な心情を詩的に描いた楽曲になっています。

 

※引用:
秋元康 作詞, 三谷秀甫 作曲, 三谷秀甫 編曲
AKB48「屋上から叫ぶ」(2019年)