この曲は、AKB48・チームサプライズ「誇りの丘」公演(パチンコ機専用公演で、リアルではNGT48が行っている)の構成曲です。
いかにもAKB48らしい盛り上がり系の曲になっています。
1番Aメロ
何気ない誰かの言葉が
なぜか耳に残ってしまった
いつもだったら聞き流せたのに
この胸に棘が刺さった
普段なら気にも留めないような他人の些細な言葉が、なぜか心に深く残ってしまって、それが疼くということでしょうかね。
まあ確かに、精神的に疲れているとか何かしら精神的なダメージを受けてしまっているときとかには、感受性が強くなってそうした状況になってしまうという経験は誰しもあるのではないでしょうか。
平静なときにはどうということのない言葉だったり、あるいは冗談として受け流せるような言葉だったりするのに、心が弱っているときには、同じ言葉でも胸に棘が刺さったかのように、その言葉が心の痛みを引き起こしてしまう。
1番Bメロ
涙が止まらなくなる
溜まった何かが溢れる
頑張って無理してたこと
気づかなかったよ
何気ない言葉でも、それが引き金となって感情が抑えきれなくなり、とめどなく涙が溢れてくる。
受け止めた言葉が原因というよりも、これまでに溜まりに溜まっていた感情やストレスが、その何気ない言葉によって一気に爆発してしまったのでしょう。
そのときになって初めて、自分の限界を超えるほどに無理をしていたことに、この主人公は気が付くわけです。
よほど責任感が強かったのか、あるいは、それほどまでに夢中にさせる何かがあったのか。
いずれにせよ、無自覚なまま無理を重ねてきていたのでしょう。
1サビ
やさしさに甘えられない
泣いてても分かってもらえない
慰めはあやされるだけ
自分から強くなろう 今より
この主人公は自分の限界を超えてまで頑張り通してしまうような人ですから、他人の「やさしさ」や「慰め」に対して素直に頼ることができないのかもしれませんね。
また、「泣いてても分かってもらえない」とか「慰めはあやされるだけ」とかありますように、どうせ自分のことは理解してもらえないだろうというあきらめや、上っ面の優しさなんていらないという気持ちもあるわけです。
意地っ張りといいましょうか、他人の同情なんか買いたくないということなのでしょう。
であればこそ、他者に依存せず自立していこうとする。
そして、「自分から強くなろう」と決意するわけです。
「同情」は、優しさを装った上から目線の蔑みの態度だとして、哲学者ニーチェも激しく批判していますよね。
そして、安易な同情は人を甘やかしてしまい弱体化させるだけだとも主張している。
同情を引くのではなく、苦難や困難に立ち向かい、自らが強くなるべしということなのでしょう。
秋元Pの歌詞には、ときどきこんなふうにニーチェの思想が薄っすらと垣間見えることがあるのですけれども、もしかしたら多少なりともニーチェに影響を受けているのでしょうかね。
2番Aメロ
もしそれが誤解だとしても
弁解したって意味はない
本当の自分 知ってもらうには
正直に生きて行くだけ
他人に誤解されたとしても、それに対して弁解してもしょうがないということでしょうか?
実際のところ、言葉で説明しようとしても、相手にわかってもらえるように上手く言語化できるとも限りませんし、すべてを明け透けに話せない場合もあるわけですからねぇ……。
言葉による説明だけでこちらの真意を理解してもらうのは、なかなか難しいというのは確かにそうでしょう。
言葉だけでは伝えることが難しいのであれば、態度や行動、生きざまでもって示すしかありませんよね。
その際には、見栄を張ったり飾り立てたりなどして自分を良く見せようなどということはせずに、正直なありのままの自分でいることが最も誠実な姿勢であるということは言えるのでしょう。
2番Bメロ
誰かに嫌われたって
どこかに味方はいるから
感情を押し殺すより
普通でいいんだ
「誰かに嫌われたって どこかに味方はいるから」というのは、なんだか開き直りのようにも聞こえますけれども、すべての人に好かれようとしたところで、どだい無理な話なのですよね。
人それぞれ生まれも育ちも異なれば、考え方もさまざま。
そんな異なる多様な人々から好かれようと、ひとりひとりの声にいちいち応えていたら、そのうち自分というものがなくなってしまうのではありませんかね。
とどのつまり、他者の評価に囚われていないで、ありのままの自分でいれば良いということでしょうね。
それで嫌われるのであれば、それはそれでしょうがない。
一方で、そんな自分の味方になってくれる人もいるわけですから。
アイドル界隈の例で言えば、髪はロングが良いかショートが良いかとか、黒髪が良いか染めたほうが良いかとか、そういう話はよく聞きますよね。
当然それぞれに、こちらの方が良いとか悪いとかという話になるわけです。
まあドルオタというものは、自分の好みを押し付けてくる傾向がありますからねぇ……。
かといって人の好みはそれぞれ異なるわけで、それらに応えようとしていたのでは、きりのないことになってしまう。
どちらにしようが、それで好きになる人もいれば嫌う人もいるのですから、いちいちそんなことは気にせずに、自分の好きなようにすれば良いのですよね。
それで離れていく人がいるのであれば、それはそれで所詮その程度のファンだったのだと割り切るしかないのではありませんかね。
まあもっとも、本当にファンだったのかどうかというのもありますけれども……。
自分の好みを相手に投影して理想的なイメージを勝手に思い描き、そのイメージが好きだったというだけで、相手の人その人自体が好きだったわけではないのかもしれませんしね。
さて、「感情を押し殺すより 普通でいいんだ」というフレーズは、無理に感情を抑え込まずに自然体でいることのほうが良いということであり、ありのままの自分を肯定することの重要性を示唆しているのでしょう。
2サビ
悲しみに負けてられない
逃げたって何にも変わらない
悔しさはここに置いてく
微笑んで前を向こう これから
ここでは、苦難や困難から目を背けずに立ち向かっていく覚悟を示しているのでしょう。
人は生きている間に何度となく厳しい局面に立たされることがあるわけです。
そのときに、何もせずにただ何かを待っているだけだったり、背を向けて逃げてばかりいたのでは、人として一向に成長することはないのですよね。
そうではなくて、主体的に動いて苦難や困難に立ち向かっていく。
そして、やられるならやられるで、こてんぱんに打ちのめされてしまえば良いのです。
そのうえで、そこから這い上がっていくことで、人は強くなっていくわけですから。
「悔しさはここに置いてく 微笑んで前を向こう これから」というフレーズは、いかなる苦境の中にあっても、眼差しは常に未来を見つめているということであり、とても前向きな姿勢が示されていますよね。
落ちサビ
不器用な生き方でいい
傷ついて 昨日よりもポジティブ
スマートでもスタイリッシュでもなく、ましてや完璧でもなく、泥臭くて不器用な生き方で構わない。
それが自分らしい生き方ならば、それを肯定する。
そういえば、泥臭さこそがAKBらしさだと、秋元Pがどこかで話していましたけれども、同感ですね。
今のAKBには、そんな泥臭さは残っているのでしょうか……。
「傷ついて 昨日よりもポジティブ」というのは、苦難や困難に直面して傷つくことがあったとしても、その経験を糧にしてポジティブに生きていくということを言っているのでしょう。
このフレーズは、逆境を乗り越えていく強さと、その中で成長していく逞しさを表しているのではありませんかね。
ラスサビは1サビの繰り返しとなっています。
他者の優しさや慰めに依存せず、自らの力で困難を乗り越え、より強く生きていこうとする固い意思が示されています。
この曲は、他者に優しさや慰めを求めるのではなく、自分自身の内側から湧き上がってくる強さを自ら見出すことの重要性を訴えかけているのではないでしょうか。
秋元康 作詞, つじたかひろ 作曲, 野中“まさ”雄一 編曲
AKB48「やさしさに甘えられない」 (2017年)
