この曲は、SKE48の34thシングル「Tick tack zack」のカップリング曲で、赤堀チームEのオリジナル曲になります。

 

 

オープニングコーラスの「Wow Wow Wow Wow Oh」を聴くと、何やら「さぁ今こそ思い出すんだ……」と歌い始まりそうな気がしてきますけれども、よく聴いてみると、微妙にメロディが異なっていますね。
まあ何にせよ、この「Wow」には、抑えきれない強い感情が込められているのでしょう。

 

歌詞を読んでみると、かなり強いメッセージを発していますよね。
そんなメッセージ性の強い歌詞に対して、センターを務める大村杏の歌い出しの声は、力強いというよりも、やや繊細なのではないかという印象を受けました。
ちなみに、MVで披露されているダンスパフォーマンスは、なかなかカッコいい。

 

この歌詞に登場する主人公は、もともと強い意志を持った強い人ではなく、言いたいことがあっても口をつぐんで周りに合わせるような生き方をしてきた、言うなれば世の中の大多数を占めるごく普通の人なのですよね。
そんな普通の人が、何がきっかけだったのか一念発起して、嫌なものは嫌、間違っていることは間違っていると、しっかりと声を上げていこうと決意したわけです。
そういう人ですから、声を上げるにしても、そこには何がしかのためらいや恐れの気持ちもあるでしょう。
そう考えてみると、大村杏のあの歌声というのは、ごく普通の人が意を決して声を上げようとしているということを表しているとも受け取れますし、我々普通の人からしてみれば、強い人から発せられる力強い言葉よりも共感しやすいと言えるのかもしれません。
作り手がそこまで計算しているかどうかは定かではありませんけれども、聴き手としては、そんなふうに受け止めることもできるのではありませんかね。

1番Aメロ

心の底から 声を絞り出せ!
こびりついてるホントの気持ち
何度 煮湯を飲まされて来ただろう
もう 感情 抑えなくていい

本音を吐き出せということなのでしょう。

 

世の中が(とどこお)りなくうまいこと回っていくためには、本音を隠して建前でやっていかざるを得ないということが多々ありますよね。
けれども、本音を隠して素直な感情を抑えつけてばかりいると、抱え込んでいる葛藤はどんどん大きくなっていってしまう。
また、建前ばかりに従っていたのでは、やたらとガマンを強いられることになり、苦しい思いをすることにもなる。

 

そんな苦しい状況に、もうこれ以上耐える必要はないと訴えかけているのではありませんかね。

1番Bメロ

人生は言葉にならぬことばかり
誰もみな 沈黙を守るよ
そんな我慢してりゃ いつかはきっと
爆発する

言葉でうまく伝えることのできないもどかしさ、あるいは、言いたいことがあってもそれを押し殺さざるを得ないやるせなさ。
そうした思いを抱えながら、誰もが皆ガマンをして波風を立てずにやり過ごそうとしている。
もちろん、どうしてもガマンしなければならないことも少なくはないでしょう。
とはいえ、そのガマンは本当に必要なガマンなのかというケースもありますし、そんな無意味なガマンばかりをし続けていたのでは、いつか限界が来てしまう。

1サビ

さあ この大地の涯まで 聴いてもらおうじゃないか?
そう僕が生まれたのは 声を上げるため
今までに叫びたかった熱いマグマのようなメッセージ
風の音にもかき消されないよ
ふざけるな 今に見てろ

抑え込んできた感情を解放し、本音を吐き出そうじゃないかということを言っているのでしょう。
「この大地の涯まで」というフレーズが、その声の大きさや広がりを表していて、自分が本当に伝えたいメッセージをしっかりと届けようとする意志の強さを強調しています。

 

「そう僕が生まれたのは 声を上げるため」というのは、この主人公の存在意義を表していて、今ここに自分がいることの意味を自己確認しているといったところでしょうか。

 

この主人公は、今まで表に出すことなく自分の心の中に仕舞い込んでいた思いを、「熱いマグマのようなメッセージ」として届けようとしているわけです。
そして、その情熱的なメッセージは、どんな困難をも跳ねのける強い力を持っている。

 

「ふざけるな 今に見てろ」というフレーズには、強い怒りの感情を感じ取ることができますよね。
具体的に何に対して怒っているのかは、この歌詞からはわかりませんけれども、ただ、自分の本心を抑え込むことで、つらい思いや嫌な思いを強いられてきたわけで、何かしら理不尽な目にもあってきたのでしょう。
そういったことに対して、怒りの気持ちがたぎっているのかもしれません。
いずれにせよ、かなり強いメッセージを発しようとしていることだけは確かでしょう。
この「ふざけるな 今に見てろ」というのは、他者に対して啖呵(たんか)を切っているというよりも、むしろ自分自身を鼓舞しているのかもしれませんね。

2番Aメロ

些細(ささい)なことだと無視して来たけど
言ってやらなきゃわからないのか?
人間(ひと)は誰もが 面倒を避けながら
楽に生きる方を選ぶ

いろいろと言いたいことはあっても、周りと軋轢(あつれき)を起こすのもストレスが溜まるし、めんどくさい。
だから、どうせ大したことではないということにして口をつぐんでやり過ごしてしまう。
けれども、黙っていて何も言わなければ、自分が望んでいる方向には何も変わっていかないし、何も良くはならない。

 

「言ってやらなきゃわからないのか?」というフレーズは、他者に対する苛立(いらだ)ちを表す言葉ではありますけれども、他者に対して言い放つというよりも、自分自身に対して、黙っていないで声を上げなければダメだということを訴えかけていると捉えたほうが良いのかもしれませんね。

 

人間というものは横着(おうちゃく)な生き物で、それなりの意思をもって自分を律していないと、どうしたって楽な方へ楽な方へと流されて行ってしまう。
トラブルや面倒を避け、事なかれに走りがちになってしまう。
そうやって、心の平穏を保とうとする。
けれども、それで得られる心の平穏は仮初(かりそめ)のものにすぎないわけです。
常に、心のどこかにモヤモヤするものがあって、晴れることがない。

2番Bメロ

いつからか見聞きする欺瞞や嘘に(呆れ果て)
自分には関係ないことだと(逃げた)
この世の中どうせ変わりはしない
そんな日々

人間の欲望がぶつかり合う現実社会には嘘や欺瞞が蔓延(まんえん)していて、決して美しい世界などではないわけです。
そうした現実を目の当たりにしたところで、どうせ何もできやしないし、何も変わりやしないのだからと、諦めと無力感から目を(つむ)り、耳を(ふさ)ぎ、口をつぐんでしまう。

 

「そんな日々」というフレーズには、本当にそれで良いのかという自省の気持ちが込められているのではありませんかね。

2サビ

今 僕たちが立ち上がる時が来たんじゃないか
沈黙をし続けたら世界は終わるよ
常識に蓋(ふた)をしたまま いつまで隠し通す真実
何もないことにしようなんて無理だ
腹括(くく)れ ここで叫ぶ

この2サビは、強いメッセージを発しているというよりも、もはやアジテーションと言ったほうが良いかもしれませんね。

 

「沈黙をし続けたら世界は終わるよ」とは、またずいぶんと大仰(おおぎょう)な話になっているようにも思えますけれども、社会の現状に対してそのくらい大きな危機感をこの主人公は抱いているということなのでしょう。

今や、社会のさまざまな仕組みが制度疲労を起こし、既存の常識がもはや非常識とも言えるほどに古臭くなり、社会の至る所で問題が生じてきている。
そうした都合の悪い真実から目を背けて、何も変わろうとしない、何も変えようとしない。
それで良いわけがない。
そこで、「腹括れ」という強い言葉で、行動への決意を促しているわけです。

Cメロ

一人の声なんて小さいが
みんなが叫べば 届く
何が起こっているのか 瞼(まぶた)開いて見るんだ
静かすぎる民衆よ 時代を変えろ

一人一人の力は小さいけれども、多くの人が声を上げれば、その声はうねりとなって社会に変化をもたらすはず。
この主人公は、そうしたことに希望を抱いているわけです。

 

「静かすぎる民衆」というのは、口をつぐんで現状に甘んじているような人々のことを指しているのでしょう。
そうした人々に対しても、目を覚まして行動することを促していて、自分たちの手で時代を変えていこうと力強く訴えかけているわけです。

 

ラスサビは1サビの繰り返しになっていて、エンディングは「Wow Wow Wow Wow Oh」のコーラスが続いている。
あらためて、諦めずに声を上げ続ける強い意志が示されています。

 

それにしても、「ふざけるな 今に見てろ」というフレーズは、なかなかインパクトがありますよね。
NGT48の「空き缶パンク」というロック曲には、歌詞の中に「くたばれ!」というフレーズが入っていて、こちらもかなりインパクトがありましたけれども、それに次ぐ強烈な言葉なのではありませんかね。

 

この曲は、社会の(ゆがみ)が大きくなって、あっちこっちで行き詰まりを起こし、閉塞感が広がってきている現代社会を生きる私たちに対して、現状に甘んじることなく声を上げることの大切さを訴えかけているのではないでしょうか。

 

※引用:
秋元康 作詞, 井上トモノリ 作曲, 久下真音 編曲
SKE48「心よ 声を上げろ!」 (2025年)