おさふねの 近臣と添い いくとしか
ただ今、手元に随分と放置された短刀がありまして、放置された故の代償をどうにかせねばと動いております。秀吉の時代に祖が受け継ぎ、我が家で保管されて来たもの。
形状的に刀剣証明書はとれないものなので、あとは我が家にて保管をしていくのみなのですが、取りあえず代償というものが、「錆(さび)」なのであります。
錆といっても、ちょっと錆びておるという状態ではなく、八十年の幾星霜・・・。
GHQの刀狩りに対抗した・・・何を捨て何を護るか・・・最大の抵抗がなされている刀は、ずっと今迄とじられたままでいました。
爺さまの敗戦への怒りが込められている・・・
御一新の世から昭和の敗戦までを生きてきた大和人の、やり場のない怒りと哀しみが、そのままつまっているものであります。
最早、本来の役目を果たす事はないのかも知れませんが、せめてこの赤錆ぐらいは綺麗に落としてあげたくて。
錆による腐食の進行を防ぎたい為、とりあえず喫緊の課題として「錆を落とす」から入った訳ですが・・・。
可なり根深い・・・錆がですよ。
何とか表面の赤錆はとれ、鉄の色が見えてはきました。しかし、固まったような錆状のものもあり完全に取れたとは言い難い。でも、これが黒錆なのか何なのかうまく判断ができませぬ。
どちらかというと紫鳶色っぽい塊のように見えますが。
然し、刃の上をうっすらと杢目のような波紋が広がり、日のもとに晒すと、刃が砂鉄のように細かく煌めいており、本当にキレイだな・・・と見惚れてしまいます。
油を馴染ませまた鞘に戻す。刀剣についても初めて知る事ばかりで試行錯誤の勉強中。
たたら鉄で作ったものは錆びにくいとも聞くのに・・・この体らく・・・ごめんなされ。
ご先祖様達の「ばっかもーん!!」の声を聞きながら研鑽を積み重ねていくしかありません・・・。
しかし、だいぶ彫りがはっきりと見えるようになったので、折角だから何かご存じか知らん?と・・・AIに読み込ませてみた。
ぐ~ぐるじぇみに曰く
画像に写っているものは、「金属製の道具の一部」であり、表面に漢字が刻まれています。
む・・・まあ・・・金属だから・・・そうだろうな。
刻まれている文字は「長次郎作」と読めます。
違うじゃろうが!
清水の次郎長じゃあるまいし・・・長次郎って誰か?こっちが聞きたい!
目釘孔の下に読める漢字は五文字ある・・・すでに一文字欠・・。
まあ長だけはあっている・・・けども・・・どこにも次郎作なんて書いてない。
それどころか・・・次も郎も作も残りのその漢字とは何一つ共通点がない。
うどんとラーメンぐらい近ければ褒めてあげたかったけれども・・・強いて共通点をあげられるのならば、どちらとも「日本の漢字」という程度。長は素人目でも読める。
きっと、彼らの得意分野ではなかったのだろうな・・・
己の尋ねる事がちょっと偏っているせいなのだろうか・・・・
大抵、うん・・・それは知ってる。AIさんの老眼すら知らぬ利口モンのあたまを駆使して、何か他の情報がないのかを知りたいのですよ。
わたくしの知らない「あんなこと」や「こんなこと」を!
コパイロット君も、尋ねた答えの半数は、己の打った文章を復唱するのみで、うにゃうにゃ・・と誤魔化してくる。知らんとならば知らんと言うてくれるほうがこちらも判断しやすいのに。
まあ、国立国会図書館デジタルのように保護されている情報は勝手に読み取れないのだろうし、そうだよね、ネットにて網羅できるソースも、フリーのデータでないとわからないのは仕方があるまい。他のAIや有料版だったりすれば違うのかはわからねど。
自分だって、知らない情報は全く知らんのだから・・・お互い様ですな。
無理ばゆうてすまんかった。
しかし・・・今後の学習を兼ねて精度を上げてみようか?ともう一度読み込む・・・・
画像に写っているのは、戦艦「三笠」の砲鋼を用いて作られた「三笠刀」の茎(なかご)部分と考えられます。
すんませんばってん・・・この方北朝時代の生まれで下剋上ミッションを乗り越えておんなさるから、元号だけでも「三笠刀」とは八十代近いジェネレーションギャップがありますばいた。
初手の「金属の道具」を「茎(なかご)」と判断しただけでも大進歩であるけれども・・・。
こりゃ・・・まぁだアメリカさんの頭ん中では、チョンマゲ武士が富士山でゲイシャしているのかも知れんな。
この方もサムライハラキリはしておらんが・・・センゴクブッコロガシくらいはしてお・・・
まあ然し、刀とはそういう物で御座いましょう。
戦国の世、持ち主と共に海を渡り、たくさんの死を見てきたものでもありましょう。しかし、この刀は母の愛に繋がれたものでもありました。その後、忠義にて繋がれてきたものでもありました。幾せに渡る諸行無常を見つめてきたこの方を、せめてこの争いの起こらぬ幾年に、しかと大切に手入れをして差し上げたいものであります。