うろんころんしてみる隊 -64ページ目

うろんころんしてみる隊

うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

早朝の 耳に届くは 蝉のおと

無事聞こゆるは ぬしの聲 結ばれるかな 運の愛(いと)

 

 

色めいた話は蝉の運命くらいなもので、華やかさの欠片もない我が家の日常は本日も

「よ~そろ~」

 

宜しく候・・・このまま直進といったところなのだが、我が家の船も互いに干渉せぬうちは「よ~そろ~~」でいいのだけれども、これが互いに関わるとなると、状況が一変する。

 

全くもって皆が勝手に主張する。「おも~か~じ」と右に切ろうとする奴と「と~りか~じ」と天邪鬼かと左に一杯切る奴もおり、最早「船頭多くして・・・・」の状態になってしまう。

 

平常のペースであれば、そう小競り合いになることはない(倅1号も2号も少しは大人になったというもの)。ところがどっこい!こ奴等が、勢い船山に上ってしまう場面というのが、

「食事とりわけ外食先の選択」・・・これに限る

 

一日三食を三百六十五日分、献立を考えてばかりいるのも主計係にとっては辛いもの。

休息を兼ねてたまには外食でも・・・と提案し、希望を募ると行く先が全く決まらない。

「そこはいやだ」「ここは?」「うるさいからイヤ!」「メニューを選ぶのがめんどくさい」「パンじゃ腹の足しにならんし麺もイヤ、米が良い」「それ(メニュー)この前食った」「そこ座る処の狭かけんよか(イヤ)」「今日は出かけたくない気分(買って来て)」「え~(根拠無き不満)」

それでは・・と美味しいとんかつで有名な某店を挙げてみれば

「油は胃にもたれるのじゃ」と中年のような答えが返ってくる。

じゃあ・・と思い切って高級焼き肉店を挙げてみれば、口々に

「昼なら安かとに勿体なか!!」「刺身なら食う」etc・・・。

 

「ええいやかましい!!霞でも食っておれ!」

好き勝手ばかり言いよってから・・・

貴様らは毛利元就の「三本の矢」を知っておるか?楠木正行の「四条畷の戦い」を知っておるか?ちょっとは兄弟仲良く協力して助け合えぬものか?

 

コマーシャルでよく流れるシチュエーション、親の言い付けを「は~い♪」と言って聞いている子ども等の姿を見ると、それは虚像じゃないかと思ってしまう。家に限れば存在しない。

例えば兄妹笑顔で見合わせ美味しそうにほおばっている姿あれど家に限れば存在しない。

 

息子三人集まれば、そこは弱肉強食の世界。黙々と・・・一言も発す事なく、ひたすら食卓と炊飯器と冷蔵庫の間を往復するのみ・・・しかも最短距離で。

 

「あとで食べるよ~その油断、もはや何も残っちゃいない。残るとすれば食器のみ」

 

まあ・・腹を満たす事で、思春期エネルギーの矛先を鈍らせてきたのは確かなので、外で食べるにしても、どうせなら美味いものでも食べてもらいたい。

それなのに・・・まったくもって毎度毎度上記の通りなのである。

交渉決裂すると誰も動く気配がない。仕方がないので、米研ぎから始める・・・ちぇっ。

 

まあ然し、この「面舵」に切る側と「取り舵」に切る側にも、それぞれの言い分がある。彼らの理屈を汲むと、それなりに一理が存在する。

 

気安く「どこかに食べに行く→気晴らし効果」

 

多分、普通は「いいねぇ、どこにしようか?何食べたい?今の気分は和食かな?」と色々考えるところを、もう一方の意見はこう捉える

 

気安く「どこかに食べに行く→食べるところを選択する→外出に同行する→店でメニューを選択する→自分の満腹量と提供量との妥当線を考えないといけない(足りるか足りないか金額等)」

 

つまり「食べる」という行動の為に、多くの「選択」をする、その過程が億劫なのだそうだ。

取り舵君こと「倅2号」は、この選択を多く求められることを嫌う。自分の好きな事には粘り強いのだが、「食欲はあれど食事に対する情熱を注ぐことを面倒くさがる」。

故に、バイキングのように色々選ぶとなると不愉快そうな顔をして取りに行く。最初から決まったものが出てくるのは平気らしい。

「洋食もあるし、和食もあるし、ご当地料理もあるよ~デザートも色々あるし悩む~♪」よりも、「必要なものを余計な工程を増やさず効率的に食べたい」という最短コースを選択する。

 

イマドキの「コスパ」「タイパ」ってやつなのか?

どこかで日本人は「食」に関する関心が高いと聞いたことがあるが(旅行に行けば『ご当地名物』という言葉にとびつきやすいのは否定できない)、この手の人間は、必要な時に待たずに食べられるものを好むような気がする。何ならコンビニお握りでOK・・・といったところ。

 

夕餉をこさえれば、我先に茶碗に飯をてんこ盛りし、自前の分をついでさっさと食べているので、食べる意欲そのものを放棄しているわけではない。へそを曲げると「武士は食わねど高楊枝スピリッツ」を発揮するが、お腹が空いている時は(早く飯が出来んかと)うちの中をうろうろしている。がむしゃらに食べ、何の言葉も表情の変化もないが、満足しているのは伝わってくる。

 

・・・・と考えると、食べるまでの「過程」の捉え方がそれぞれなのだな・・・と。

せっかく外食しようと思ったのにさぁ・・・と決裂する事で叶えられない人(面舵君)は残念な思いをする事にもなり、時に不満が溜まって「俺の意見はちっとも通らんやん」と不貞腐れてしまうのだが、団体行動の中で、主張強めばらばらな意見を纏めようとすると大変・・・。

偶に個別で連れて行ってやる。若しくは、ちょっと魅力的なプレゼンをして一応の満場一致を取り付ける。

よしっ!今度こそいけそうか!?と主計係がほくそ笑むと、魔が差すのか・・倅3号が些細なことでヘソを曲げる、若しくは、逆にふざけ過ぎて倅1号がキレて「俺・・もう食わんでいい」。

 

「皆で愉しい外食」なんて・・・家に限れば存在しない。

 

とりあえず・・・話し合いで解決するならば・・・苦労せんたいな(溜息)