稲の葉に 確かな秋が 映りける
落ちる夕陽の 照らすさき 黄金にまざり
ひわ色に 実れよ籾よ 実れよ穀よ
日中の、あまりの暑さに干からびてしまいそうになりますが、太陽が南側へ傾き、日の入りがどんどん早まってくると、少しだけでも過ごしやすくなる時間が出てきます。
夏の間は夕方の六時なんてまだ昼間かと思うほど眩しかったのが、西に傾いた陽光が黄金色に瞬いて、実が熟すのを待つ稲田の緑に反射し、一帯が美しい鶸(ひわ)色に染められていきます。あとひと月程の間には、緑の草原が花嫁化粧をするように黄金に染まるのかと思うと、この猛暑に立ち向かいながら、一年を通し命の源を育んでこられた農業に関わる方々への感謝と労わりの念を思います。収穫まで何ごともなく過ごせればいいのですがね。
週一度、倅を迎えに行く傍らに見るこの田園風景のうち、今の時期に見せる稲穂の美しさは惚れ惚れします。無事に実れよ御前様のその命よ・・・。
つくづく・・・取り留めもなく書きつらねる、オチもへったくれもないわたくしの駄文に目を通して下さっている方がいらっしゃるということに、嬉しいような恥ずかしいような・・・また感謝の気持ちでいっぱいです。本当に・・・ありがとうございます。
標準語一択で書こうかと思う事もあるのですが、自分が過ごしてきた「日常」という世界に感じられる「空気感」というべきか・・・質量のようなものを表現するのに、どうも標準語だけだとしっくりこない。
例えば・・・
「ほら、背中からシャツが出てるよ」→チョットチガウ・・
なんとなく・・トースト齧りながら「ヤベッ遅刻するぜ」と無造作ヘアで登校する主人公みたいな
「ほら、背中んシャツのひっと出とる!」
ギリギリまで寝ているもんだから余裕なく弁当をリュックに入れている後ろ姿を見ると、豪快にシャツがびゃっと出ている・・・人は見えている世界しか見ていないのだ倅ヨ
そして己も「シャツんひっと出とる!」と注意をされていた若き頃の歴史が・・・スパイラルのように蘇る。
その描写を現すに「方言」というものが持つ、血の通った人の生き様を現してきた温もりのような・・・確と生きている「力」を借りて、自分はその瞬間を伝えたいのかも知れません。
でも、ちょっとわかり難いですよね・・・。よくよく考えると「方言」とは、「読み書き」のように目で見て覚えるものではなく、「口頭」で伝えられてきたもので、本を広げて覚えた言葉ではありませんもの。
幼いころから耳で聞いてきた言葉は、普段触れる事がなくても、ふと何処かで耳を撫でるように聞こえてきた瞬間に、本能に訴えてきてあの時の状況が写真のように思い出される・・・ような気が致します。
以前も書きましたが、九州弁は古語文体がそのまま方言になっている事が多い。
「何ばしよるか」「何ばみよるとや」
古文で聞いた事がありませんか?「○○し給へるか」「○○と人言はむや」とか何とか。
「何をしているのかね?」「何を見ているのかな?」と疑問を呈す係助詞ですね。
面白いのは、「~をば」という言葉。この二文字を一つに略したものか、今の標準語では「~を」が残り、九州弁は「~ば」が残った。(何故また・・ばのほうを・・)
今時・・「~をば」なんて戦前の文章にしか見ませんかね。でもそのほうがしっくりくる時があるのです
ところが、昭和五十年代の高齢者は、まだそのディープな古文体が残った「九州弁」を普段使いに喋っておられたのですから、幼子が耳で御経を覚えるように、それらを耳に貯めてきたのでしょう。今は日常使いには出てこずとも、ある時自分のあたまの中でふわぁと覚醒するのです。
「○○をばみゅうでいたっきた」(翻訳スタート→)「○○を見ようと行ってきた」
これを読むと、続く話の内容は覚えていないのに、その人の首にかかった手拭いが確と手に握られ顔の汗をあみだに拭う様子や、膳の上にのった湯呑の茶渋と湯の色・・・と情景がありのまま浮かび上がってくるのです。
ただ「見に行ってきたよ」というだけでは何ら浮かんでこない・・・。
とは言いながら、結局「九州の何弁を使っているのか?」という話にもなりますよね。
幼い頃の耳に入った肥後弁と、肥前の言葉が入り(唐津のほうも吸収)、福岡に行くと博多弁が戻ってくる。(結局は纏めると肥筑弁ですね・・・)
「ばり」なんぞ言わない「ちかっぱ」であり、チャトラ(猫)を見れば「きな(黄色)」と呼ぶ。ぞうたんのごとなんばなし「~たい」「~くさ」てばかり下につけて言いようっちゃん。
ばってんそこを離れて西に戻りゃあ、また肥後と肥前のチャンポン言葉になっている。
言葉とはまた面白いもので、言葉を「県」で括るよりも、その地域(と往来の交流圏)にまたがって伝わってきたのが「方言」であったりします。
如何せん、その住処が九州から出たことのない己にとっては、言葉で伝える術を標準語だけ(外来語はまた別問題さ・・・)に頼っては補えないのであります。
意見や報告ならば標準語だけでいいのですが、ブログの面白みは、思いを自由に書きつらねてもいいところだと思っています(勿論何でも書いていいわけではありませんケド)。
何か・・ですね、九州弁の持つ「おかしみ」のようなものも一緒に伝えられたらと思いまして。
おんちゃんな酒を呑んで「ゑい喰らい(えいくらい=酔っぱらい)」母ちゃんは「腹かいて(はらかいて=怒って)」ぎゃんとこで寝てからと「おめかす(=叫ぶ)」。ピシャリと尻をひっぱたかれて起きるように促され、ほうて立てば、千鳥足がよろけて障子戸を「ひっきゃぶる(=破る)」。たちまち母ちゃんの声は厳しゅうなり「こん馬鹿どんが」と罵られる。
「ナンテ・・グラッシャワイノ」・・と赤ら顔から吐かれる呪文のような言葉は、どこに収まりようもなく、アルコールと煙草と御馳走と古い畳と板の間のにおいとが雑ざった中に蒸発するようにかき消えていく。
何処ぞの冠婚葬祭も、くんちの祝いも観音さんのお祭りも、目立たぬ人生のささやかな愉しみのようにして、人が寄り合うて騒がれる公民館の周りを、徒然としてうろつく子どもの目が捉えた大人の醜態。今なら『さす九』だと退かれてしまいそうですが、この困った「ゑいくらいおんちゃん」も、腕の良い大工であって、高い棟木の上を難なく地下足袋でひょいひょいと歩く姿を知っている。九尺はある角材をも軽々抱えて登っていく大将も、赤ら顔でシャツをひっと出かして畳の上で高いびきをかくおじさんも、どちらも同じ「おんちゃん」であって、いつか月日の経つうちに「はってかしたばい(亡くなられた)」と聞いて、「酒ん飲みすぎたい」とおまけをもらう。
こんな感じで、泥臭いような方言の中に、コントのようにして人の営む姿が染み入っている。
都会のハイセンスな舞台をうつした、今時分の標準語で話される「トレンディードラマ」は全く他人事のようでしたが、この、にわか語りのような方言コントならば、目の前でいくらでも再生できる。せんちゃよかか?(しないでいいか?)せんちゃよかね・・・ふふ。
まあ、こんな感じの泥臭いようなブログではありますが、おるが家のドタバタもあわせながら呟くようにして、これからも書き綴っていけたらと思っております。
因みに、「ナンテ・・グラッシャワイノ」は翻訳すると「なんだって・・うるさいなお前は」デス