うろんころんしてみる隊 -28ページ目

うろんころんしてみる隊

うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

ひとつの陶石が 人の手により 人に添う器となる

天女の肌の如き 滑らかなりて 心に潤う器となる 

 

 

 

お茶碗に湯呑、盛り皿取り皿・・・と日常のなかで使っているものと、昔は日常の中で見慣れていたものでも・・・いつの間にか見かけなくなった器というものがあります。

火鉢やら徳利(とっくり)等はともかく、時に「こりゃなんじゃ?」というものに出会うと、使い方を知らぬ者は只々器をひっくり返したり持ち上げたり・・・結局わからず仕舞いにしてはそのままなおす。片付けの際にまた見かけては・・・を繰り返す。

 

 

「一体何に使うものなのだろう?」と見慣れない姿にそもそもの名称すらわからないド素人。我が家にずいぶん昔からあったものなので陶器の裏に印すらない。二つのうち一つは唐子さんがついているので三川内焼だということは承知。

 

そういえば・・・その三川内に焼き物の美術館があったはず!そこに行けば何かしらわかるかも・・と思いつき「三川内焼の里へGo!」という事で、三川内焼美術館へ行って参りました。

 

所在地は佐世保市三川内町(注〉窯元のある辺りが三川内町でして美術館のあるところは三川内本町です)となります。焼物というと周辺にある有名どころの、有田焼、伊万里焼、波佐見焼などに比べると控えめではありますが、元々は「平戸焼」といわれるように平戸藩の「御用窯」でもありました。

初代平戸藩主松浦鎮信が朝鮮出兵の際に半島から連れて来た陶工の巨関(こせき)が平戸の中野で窯を開いたのがルーツの一つ、彼等はよい陶土を求めて今の三川内山の麓に落ち着きます。同じく唐津焼の陶工達もこの地に移って来て、そこで「三川内焼」が発展していきます。

 

三川内の特徴は、兎も角「繊細」

白磁に映える繊細な「染付」や精密な細工を施す「透かし彫り」や「菊花飾細工」、土を筆で薄く重ねて模様を描く「置き上げ」、透き通るような薄さにて「卵殻手(らんかくで:エッグシェル)」と呼ばれるきめの細かい手触りを持つ「薄づくり」といった技術があります。

 

白磁に淡い藍の絵柄が控えめながらも美しく映える。(赤絵や染錦といった色が付いたものもあります)

 

三川内焼美術館に入ると、入り口に様々な工房の作品が飾られており、奥には初期の作品から様々な時代の作品が展示してあります。早速お出迎えしてくれたのが・・・

表情豊かな「唐子さん」がなんと400人!全てが手描きなのです。三川内焼400周年の際に作られた大皿です。(写真ではわかり難いですが、本当に大きい)

この唐子さん、昔は身分によって描かれた人数が違っていました。お殿様や献上品には七人、公家や大名には五人、一般用には三人と。

 

職員さんに尋ねると、三川内焼について様々な事を教えて下さいました。

写真撮影は自由にどうぞ・・・という事でした

 

藩のご用達と書いたように、江戸時代頃の三川内焼は高級品を作る目的からも、細工の豪華なものが数多ありました。

陶器の周りを龍の彫りものがつたうものなどは、別々に作り上げられた陶器同士が正確に接着し合わないといけません。火を通せば縮みますし、器と細工が欠けることなく完成されるには相当の技術と労力を必要としたでしょう。献上品といわれるもの達は採算度外視にて逸品が作り上げられていきました。また、代表的な「唐子絵」は藩御用窯の指定図柄として、三川内以外の窯で焼くことが出来ませんでした。

独自の技術を継ぎ作られてきた焼物も、明治維新後には藩が廃止され、大きな庇護を失ってしまいます。存亡の危機の中、三川内焼の技術をまもるために旧藩主や県知事等からの働きかけもあって藩御用窯から民窯として再建の道を築いていきました。

 

明治以降の作風は、新たな活路を見出そうと試行錯誤されている作品が見られます。

ここに展示してある作品も表情豊かな人形の置物たち、そのなかに面白い絵柄の水甕を発見!「韓信の股くぐり」を現したもの。

つい図柄ばかりに「面白い」なんて思っていましたが、もとの諺が『大志あるものは目前の恥をも耐え忍ばねばならない』という意味を持つことを考えると、当時の人達の負けじ魂を絵柄に込めたのではないのかとも思いなおしました。

 

 

門外不出の卓越した技術による作品群は、近くで目にすれば完璧ともいえる完成度の高さを伺う事ができます。

染付龍刻唐獅子牡丹文花瓶そめつけりゅうこくからじしぼたんもんかびん

(三川内陶磁器工業協同組合様のHPみかわち焼 三川内焼- 総合サイトより拝借しましたが、私の拙い説明よりも、こちらにて三川内焼の美しさを知って頂けると思います)

 

完璧な乳白色に染まる陶磁器に繊細な濃淡のつけられた絵付けと鱗ひとつまで表現された見事な龍が寸分狂いなく絡み合っているこの花瓶・・・すべてが陶工の手作業にて完成されています。

 

他にも、豪華な透かし彫りが施された香炉や「菊花起こし」の施された器など、(無料で拝見できるのが申し訳ないぐらい)一つ一つが手作業でなされた美しい器たちを間近でながめることができました。

 

 

 

因みに、我が家の「一体何に使うものなのだろう?」の陶器は「盃洗(はいせん)」といって、盃(さかずき)を洗う為の容器でした。

昔は酒宴の席にて一つの盃をまわして使っていたので、口をつけたものを洗う為に水を入れて使っていたそうです。

 

ご先祖達の酒宴の席を一緒に見つめ祝ってきたのでしょうか・・・百年の汚れも磨いてやれば、きれいな乳白色の素肌があらわれました。

献上品の絢爛さとは比べ物にならないささやかな一品ではありますが、同じような形の物が展示されていたことから用途がわかり、謎が解けて一安心。

早速水を入れてみるとなるほど・・・魚が泳いでいるという遊び心・・・

水面に映り込んだ太陽のほうにピントがあってしまいボヤケてしまいました・・・失敗

 

 

美術館のお隣りに「佐世保市うつわ歴史館」もあったのですが、職員さんが「折角だから少し離れたところに窯場があるので行ってみられませんか」と紹介して下さったので、さっそく三川内焼の窯場まで足を延ばしてみることにしました。

 

(後半に続く)