うろんころんしてみる隊 -10ページ目

うろんころんしてみる隊

うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

冬将軍に追い立てられて 群青の海を翔けるは 白兎

荒波を翔け 荒波に踊り 荒波を弾き 海原に消えゆ

まばゆく光る舞台上風を揺らし海を揺らし船を揺らし

舞えよ舞え 年の瀬あらし 酔ゑよ酔ゑ

年の瀬を襲う寒波に乗って、この日は風も強し。

幸い、船の欠航は免れたために口之津から天草まで渡航できた。

 

 

左側が天草半島、右側が島原半島

この間をついて流れ込むのが有明の海を潤す潮の流れ

口之津の港は、十六世紀貿易港として南蛮貿易の栄えたところ。海を跨いだ鬼池は天草の五和町(旧鬼池村を含む五つの村が合併してできた)。

「鬼(おん)の池ン久助どんの連れんこらるバイ」と唄うのは島原の子守唄。栄えも非業も全てを呑みこむ海と風の咆哮を肌に耳にと受けながら揺られ揺られつ海を渡る。

 

天草の地は面白い。内海と外海と両方の影響を受けながら、独特の地形を持っている。八代と有明の海の間には多くの島が存在し、地形を利用し水産業が盛んにおこなわれている。また、ここで採れる質の良い陶石は、美しい陶磁器を作る原料となっている。

西側九州の中央に位置するこの場所は、海を拠点に南蛮文化と肥前肥後薩摩ともに様々な影響を受けていて、歴史的にも隠れた名所が多いのである。

 

三角側R57の海岸道路は、まさに「有明海」らしい道。ツーリングを楽しむライダーたちともたくさんすれ違う。

三角側から見る島原半島。

「島原大変肥後迷惑」となるのもどうしようもないところ。山を越えるには遠すぎて、海を隔てればすぐそこにある。長崎にも鹿児島にも近かい場所。

牛深から長島へ渡れば、阿久根も近し。こちらも外海の美しい海岸線が続いている。

 

ざんざざんざとつなぐ波。貿易も戦も人の営みも文化もすべて呑みこみ流れる海。