出産は命かけたる覚悟なり | うろんころんしてみる隊

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うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

いのちとは  人智のふれぬ  その先の  真理の源に  ひたるものなり

 

 

今月、倅三号の誕生日祝いをして、わが子等が無事に齢を重ねられたことに胸をなでおろす。

まあ・・・当の本人達は、誕生日プレゼント(含現金)が目当てだったり、お祝いのケーキのほうがよほど大切なのかもしれないけれど、ともかく!!親としてはひととせ無事に齢を重ねられたことが何よりもの慶びなのである。

 

それは、単なる成長だけではない。ひとつの命を生み出すことへの奇跡と感謝。そしてまた悲喜こもごもにある育児の日々を思い、改めて支えて下さった多くの方達への感謝を思うひと時でもあるのだから。

 

 

倅共は三者三様の出産だったが、どれも「出産は命懸け」に間違いはない。それでも、倅二号に関しては、正真正銘「出産は命懸け」となった。

 

今のところはお互い様一応達者に生きているので、ドタバタ劇のような思い出話ですませられるけれど、ふと・・・あの時本当に自分の命が潰えていたら・・・此の子達はどのようにして生きていかなければならなかったのだろうか?とも考えてみたりする。

 

あまり生々しいことは書かないことにして、でも痛いのがニガテな方はこれ以上は読まないほうがイイカモシレナイ・・・小指の角をぶつけるよりも痛い思い出。

 

 

倅一号は春の満月にむかう大潮によって生まれたが、倅二号は新月の大潮によって生まれてきた。といっても、陣痛がガッときてガッと生まれたわけではなく、前駆陣痛を予定日まで引きずって、一度はキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!から見事に消失してしまった。

何だよチクショウ・・・と思っていたら、突然またやってきて、その時すでに全開大まできていた。それがちっとも痛くない陣痛で、さすがに産道を通る時はビッグヘッドの存在感大ではあったけれども、我ながら恐ろしくスムーズに・・・助産師さんと二人、真夜中の分娩室で喋りながら、その生命の誕生という瞬間を分かち合った。

 

産後もスムーズ・・・そして病室に戻った・・・家族への連絡は朝になってからすればいい。

とのんびり考えていた・・・はず・・・だった。

そこから後産なのか何なのか、身体が勝手にいきみだす。その度に大量の出血が起きているのが感じ取れた。どうしよう・・・助産師さんには気の毒ではあるものの、身体が勝手に何度も何度も痙攣のようにしていきみだすため、止血の処置におおわらわとなってしまった。

助産師さんがひとりワタワタしておられる・・・ともかく先生(医師)に処置をしてもらうけれども、出血はまだまだ続く。「ちょっと輸血が・・」と何か大事になりつつある様子。

は~ん・・何だよチクショウめ・・・身体が震える・・・陣痛・・・な訳ないか・・・いやでも体が勝手に動き出す。これはきりがない・・・冷汗がとまらない・・・。

 

朝になってもこの状況が続くなか、取りあえず家族には電話をして出産の報告を伝える。朝ごはんが出たので、根性で口にする。何かよくわからねど、本能が「生きねば」と働きかける。

 

そうだよ・・・倅を育てんと・・・

 

輸血がようやく届き、即刻開始されたようだが、この状況はかわらない。出血がみられ処置された場所以外からも続いているのだろう・・・。もう自分でもどうなっているのかわからない。

ただただ震えていきむ。その時だけはっきりする意識・・・でも眠っ・・・。

日勤の看護師さんたちもおおわらわで「ハンソウシナキャ」「アブナイ」と必死に叫んでいる。

 

機械をみると、あら・・・低血圧がさらに低下中・・ん~なんかモウ眠い。

そういや・・昨日から寝ていないじゃないの・・・眠らせて・・とうつらうつらすると、看護師さんが必死に声をかけてくる。

家族もいるようで「生まれたよ」ぐらいは言った記憶もあるが・・・そうこうするうちに救急車が到着し、ストレッチャーに乗ってガタガタと搬送されていく。

 

妙なもので、子どもを肌のうえに乗せた感覚やこの間の医療現場のやり取りはしっかりと覚えているくせに、朝食に何を食べたかなんかは思い出せない。

とりあえず、気持ちの悪い自己反応のなかにおいて、「いや・・・いま死なれんやろうが!子をどうするんじゃ!!死んどる場合じゃなかとよ!!死んでも生きてやる!!」と言い聞かせていたのは確かである。

 

処置の状況を書くと・・・ちょっと生々しいので少々割愛させてもらう。

 

状況が状況だったので、麻酔なしでの処置となった。

そこはしっかりと聞こえたので「えー!?」となる。

 

いや~混乱した戦場じゃなかとよ、麻酔ナシ・・・て・・・当たり前だが「痛いっ」

しかし、医療従事者の方々も出血場所を特定するのに必死になっておられる。痛みを逃すためにか・・・看護師さんがここでも「ソフロロジーの呼吸」を求めてくる。

へいっ・・・仰せの通り・・・あぁ・・眠・・イタッ

 

やっぱり痛いよぅ・・・どのあたりを処置しているのか・・・朒の感覚ともいうべきものがリアルに伝わってくる。よく小説なんかでわたしは肉の塊となった・・なんて表現があるけれども、ほんとうに、自分がただ「朒に反応する人」でしかない感覚。

 

眠い・・・痛いっ!・・・ああ眠・・・・痛っ!!

看護師さんたちも「痛いね・・・」しか言葉のかけようがないだろう・・・。

そもそも痛いのは麻酔もせずに器具やらで処置をしないといけないからで、うめく度に「どうしましたか?」と聞かれても、もはや「痛い」としか話せない。

先ずは「今死なれん」が心棒だったくせに、痛みからちょっと解放された瞬間には「眠い」が最大に勝ってしまう。

 

医療従事者の方達の後方で、救急救命士の実習生がちょっと気の毒気に患部を直に見ないように遠慮されているのも見えている。スマンのう・・青年よ。

目を開くと、冷静に周囲を見ている映像と、そのうえから被せるように襲ってくる眠気が自分の意識を虚空の世界へと浸潤させようとしているのもわかる。

 

まあ・・大量出血による意識の低下中なのだから、看護師さんたちも必死なのである。

眠い・・・ねかせて・・・と夢の世界に行きたいのに、度々痛みと痙攣で起こされる。ついでに看護師さんの声掛けとバシバシにも・・・。覚醒を保つために麻酔をしていないのもわかるけれども、陣痛なんかよりもよほど痛い(ノД`)・゜・。もしや切腹よりは・・痛くないのだろうか?

 

もしも・・・三大欲求のうちに順番をつけるとしたら、睡眠欲>排泄欲>食欲

となるのではなかろうか?生きるためには脳がいちばん大事だし・・・脳を守るためには身体のほう(下っ端)を犠牲にし、余分な活動を停止させようとするのだろう・・・キット。

 

機械がチラリと目に入る・・・うわバイタル・・・60切ってるヨ

 

HAHAHAHAこのまま下がっていったらODABUTSUたい(*´▽`*)チーン

こんだけ出血し続けていたら輸血も大変やろうねぇ・・・元気な時に献血に行っていてよかったよ・・・赤十字センターにあった飲み物うまかったな~ああもうこれで輸血はできんねぇ残念。

 

ああ・・・この困った痙攣といきみと、器具の痛みさえなければ・・・このまま眠りたい。

グッバ~イ~エボバディ~アイガットゥゴォォ~♪byF.マーキュリー

 

 

本当に、これが決死の覚悟で生きている母親の考える事だろうか?馬鹿なのか?

身体的に切り離された「赤子」の存在も、きっと緊迫した空気のなか処置を受けている姿を見守る家族のことも・・・自身の関心事の外にあるのである。

 

 

突如、身体のなかでホッチキスのようなものでガチリと何度かとじられるような感覚があった。

それとともに・・・・先程まで自分を苦しめていた痙攣がぴたりと止まった。

 

あ・・・ラッキー!これでやっと眠れる・・・・。

残念ながらそうはいかなかった。何かにつれ、医師や看護師さん達が話しかけてくる。もはや怠惰な患者は「(眠~い)ハイ、ハイ」と適当に返事を返すばかり。

 

あとで聞いた話では、子宮の動脈部分が出血を起こしていたこと。幸いだったのは、出産後子宮が弛緩せずにカチッとしていたため、いきむたびに血がきれいに流れ出ていたこと。

患部が奥だったので、血がきれいに排出されていたことでようやく発見に至ったということだった。何か知らん・・・「ともかく奇蹟が重なりました」の一言に尽きるようで・・・。

 

出産後も大量に出血、搬送先の病院での治療中も大出血。十分に致死量の大出血☆

 

自分ではわからない・・・きっと蝋人形のように死んだような顔色をしていたのだろう・・・。

気が付くと、暖かいカイロみたいなもので周囲を固めてある。暑いがな・・・。

少しずつ・・・自分の心身が繋がっていく感覚。

そうか・・・あの痙攣って・・・後産の痛みじゃなかったんだ。フフフ何か知らんけれど・・・生きとるよ。

 

ここでようやく、我が子のことを思い出す。二号は看護師さん達が看てくれているから大丈夫だろう・・・一号・・・そういや・・・ちゃんと待ってくれているのかな?

たしか、出産したよと連絡を入れ、その後いきなり緊急事態だと呼び出され、来たらば現場は大わらわで救急車で搬送されていき・・・そういやストレッチャーで運ばれる時に背景に彼等がいたような・・・。

 

またうつらうつらするうちに、次に目が覚めた時には横に母がいた。

そういや・・・自分の母子手帳には「仮死」と書いてあった。出産の際に死にかけて、また自分の出産の際でも死にかける・・・無駄に親に心配をかけさせる愚か者よ。

フフフでも何か知らんけれど・・・生きとるよ。いや今死なれんたいな、子どもを不幸にする。

母が携帯を取り出し、ぐっすり眠っている二号の写真を見せてくれた。一号に似てるね・・と笑った。

 

わたくしを生死の岐路に立たせてくれた倅二号・・・石橋を叩いて叩いて叩き割り、武士は食わねど高楊枝スピリッツの石部金吉クンは非常に世話が焼けるが、かけがえのない我が子なのである。

 

もしも、産んでくれと頼んだ覚えはない!などと言うならば、一度切腹をしてみればよい。

痛みでのたうち回ろうが、それでも生きろと言われれば、その信念で生き抜いてやると思う対象がわが子であるということ。

生まれて来なければ、この世の物言わぬ芥だったかもしれないし、火に焼かれる小さな蟲だったかもしれない。何が縁なのかはわからない。それでも、この世に生まれてきたのは、全ての奇跡をも動かす生命の力なのであって、その心臓が動き、その脳が働く以上は、今生きる世を大なり小なり考えながら暮らしていかなければならないのである。

 

しかしちょっと残念だと思うのは、案外ニンゲンとは自己中心的に動く動物なのだと知った。

我が子を最大の母性で包み込む・・・という美しい根性はなく、死に際まで献血センターのドリンクを思い出しているような頭である。

わたくしの母性は、日々の子育ての中で後天的に作られてきたような気がする。物理的な「母親」としての役目を一応は果たしたが、精神性における「母親」はかなりアヤシイ。

「そうじゃない」ほうの選択をしてしまったことも多々あるだろうと反省している。それでも、日々の成長を共に見つめ歩んでいくなかで、ひとつずつ一緒に考え伴走しながら・・・いつかは歩みの幅が合わなくなり、ひとり立ちして歩む道を後方から見守る役目となるだろう。

 

人生も半世紀を越えここまで来れば、自分の為だけの人生はさほど重要ではなくって、倅どもが未来にむけて達者に生きていくことが重要であり、自分に出来得ることを・・ヨレヨレの態で成していくばかりである。

きっとそれは、自分がこれまで成長する姿を見守ってくれていた大人達の目線に近い。次の世代へと命を繋ぐそれらの礎になる感覚。

 

さてそんな今日の倅二号は、破れたクッションの補修のために針を持って格闘していた。

飯も米を炊いていれば、自分で何かを作って食べている。ぼちぼちと・・・自分の生きるための手立てを身につけている最中である。

 

年々体力も気力も落ちていくばかりだが、あの時「生きること」を諦めずにいてくれたことには自分自身にも感謝する。人が生き続けることもまた、絹の糸のごとく細く連なる奇跡の上に成り立っているのだろう。昨日に感謝、今日も感謝、明日にも感謝。

来年もまた・・・・こうして感謝が出来たらいいなと願っている。